2022年の秋、筆者は北海道にいた。

人生で一度も入ったことのなかった札幌ドームに足を運んだり回転寿司を食べたりした。

札幌ドームでスポーツ観戦していると、隣の席に香山リカとそっくりな女性がいて「もしや香山リカご本人様かも……」と気になった思い出がある。

そして月曜日の早朝、筆者は羽田空港へ向かう飛行機に乗っていた。

機体の後方から液体が流れるような音が聞こえてきたので後ろを見ると、飲み物の提供を終えたCAたちが或る行為をしていた。

最後列の客席の背後にはトイレや倉庫のようなスペースがあり、そのスペースには排水溝があったのだが、その排水溝に向かってCAたちが紙パックに残った飲み物を素早く捨てていたのだった。

飲み物の種類にもよるのだろうが、リンゴジュースやミックスジュースは1リットルほどのサイズの紙パックに入っている。そして、紙パックから紙コップへ注がれたあと客に提供される。

紙パックの量が前述したように1リットルほどで、紙コップに注がれる量が250ミリリットルほどならば、紙パック一個で紙コップ4回分という計算になる。

一回のフライトで紙コップに注がれる回数が4の倍数であるのならロスは生じないだろう。

しかし、紙コップの回数が4で割り切れない場合は余りが生じることとなる。

一度開封してしまった紙パックは衛生面などの理由で、そのフライトのうちに使い切る規則となっているのだろう。

普通に考えて、あのCAたちは規則通りの作業を行っていたに過ぎない。

だが、開封されて一時間も経っていない飲み物が余りにも淡々と廃棄されている光景を見て、複雑な感情が生じたのは確かだった。

 

 

今年の2月に入って、ヤフーを開くと<勤務先の「スーパー」でアルバイトの子達が勝手に「廃棄予定」のお弁当や総菜を持って帰っています。捨てるものなので問題ないのでしょうか?>という記事のタイトルが画面に映っていた。

ネットニュースを何年も読んでいると、記事のタイトルだけで記事の内容が大まかに推測できてしまうというケースが増えていく。

「無断だと法的に色々まずいはずだし『勝手に』という表現がついていて『問題ないのでしょうか』という文体になっている以上『廃棄予定であっても無許可で持って帰ってはならない』みたいな内容が書かれているのだろうな」と思いながら記事の本文を読み始めると察した通りの内容が書かれていた。

「廃棄予定の食品を持ち帰る場合は必ず店の許可をもらおう」など、記事の内容は無難なものだった。

 

ヤフコメを覗いてみると、様々なコメントがあった。

 

 

wert****:昔、デパートでバイトしていた時は、帰りの時間に従業員用の通用口で地下食料品売り場の残りもの(ケーキとかお弁当類)を安く売っていました。 持って帰らせるわけにはいかないので、捨てるより、少額でも売り上げになったほうがいいからだと思うけどいい取り組みだな、と思っていました。 スーパーも、廃棄ではなく、安価で、欲しい従業員がいたら買わせたらいいと思います。

筆者もいい取り組みだと思う。

 

 

f*****:廃棄するぐらいなら…この緩みが大きな被害になり得る事があります。早めに半額に見切り売り切るようにしないといけないと思うのは、25年スーパーで働いてきた者の考えです。廃棄するのは企業にとってはマイナス金ですが、無料で持ち帰られるという緩みが積み重なると従業員としての気持ちも緩みます。自分が持ち帰りたいものを売り場に出さないとか、自分は廃棄物をもらっているとポロリと口を滑らせ、問題になったことも見てきた自分には、持ち帰りは反対です。売れないものをどうするか?それは企業努力です。持ち帰りを当たり前と捉えてはいけない。

こういう「大きな被害が出ちゃうかも」って思考が食品ロス問題の解決を遠ざけていると考えることは出来るのではないか。従業員が売れ残りを持ち帰りやすい店はそうでない店よりも従業員の気持ちが緩んでいるという統計があるのかは微妙だし、「自分は廃棄物をもらっているとポロリと口を滑らせ、問題になった」に至っては単に黙認の意味が分かってない頭の悪い従業員がいたってだけの話。「持ち帰りを当たり前と捉えてはいけない」とあるが、そもそも「従業員による持ち帰りを許可・黙認している店とそうでない店の両方があるってこと」を知らない人は余りいないはずであり、持ち帰りを当たり前だと捉えている人自体ほとんどいないと思われる。ただ、食品ロス問題の解決策としては「早めの半額見切り」という方法も挙げられる訳で、そのことが言及されているのは妥当だと言える。

 

 

gtl********:高校生の時、近所の個人経営のパン屋でアルバイトしてたけど、家族だけで今日中に食べるように、と店長がよく売れ残りをくれた。家族で団子屋をやってたお婆ちゃんも、売れ残りの団子やいなり寿司をよく持って来てくれた。昔は、自分が作った物を捨てたくない、捨てるくらいなら誰かに食べて欲しい、食べ物屋が食べ物を粗末にしたらバチが当たるって言う人ばかりだった。勝手に持ち帰るのは良くないけど、あげるのがダメなら割引して売り切り、食品ロスを無くして欲しい。食べ物は、作った人や自然や犠牲になってくれた動物達に感謝して、残さず有難く頂く物です。

心の清らかさが伝わってくるコメント。

 

 

btt********:学生時代にスーパー・コンビニ(深夜含)でバイト経験があります。とくにコンビニバイト初日の廃棄の際に『心苦しくなるかもしれないけれど、すぐに慣れるから』と言われたのを覚えております。でも、そんなの慣れたくないしそうはいかないのが人情ってもんですよね。廃棄持ち帰りを容認してもしなくても、バックヤードに隠して廃棄時間を待つ輩もいる。

しょうがない」とか言いながら食べ物大量廃棄の構図に順応しようとする人よりも、その構図に疑問を抱き躊躇するような人のほうが倫理性は高い。飢餓の過酷さを知っていれば、そのような行為に慣れてしまうことの深刻さは容易に理解しうるはずである。食品ロス問題は環境問題や生命倫理の問題も含んでいる。「人情」という語句よりも「道徳心」という語句のほうが正確なようにも感じられる。

 

 

そして2024年4月7日の夜、筆者は2年前の秋と同様に羽田空港への飛行機に乗っていた。

飛行機の機種は2年前と同じであり、航空会社も同じだった。

周囲を見ると、飲み物が載った台車は既に止まっており、片付けの準備が進んでいた。

そのとき、一人のCAが開封されたリンゴジュースの紙パックを持ちながら「リンゴジュースをお飲みになる方はいらっしゃいませんか」と通路を歩き始めた。

筆者の席の付近にいた乗客2人が手を挙げ、CAはその2人にリンゴジュースを注いだあと空になった紙パックを折りたたんで機体後方へ歩いて行った。

素朴であり、温かいものが感じられる光景だった。

 

その十数日後、筆者は一つのニュースを読んだ。

 

セブン―イレブン、おにぎりや弁当の「値引き」タイミングを本部が通知へ…食品ロス削減狙い : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

 

大手コンビニ会社が食品ロス削減の取り組みを強化していると窺えるニュースだった。

ニュースの本文には「昨年5月から行った実証実験では、店舗の1日あたりの売上高が伸び、廃棄量は減少した」と書かれており、このような食品ロス対策は売り手側と買い手側の両方にメリットをもたらすと考えられる。

食品ロス削減のための取り組みが法的にも衛生的にも問題なく行われていけば、環境面や経済面や倫理面などにおいて望ましい社会が期待できるのではないだろうか。

 

 

(5月19日追記)

筆者は5月12日にも新千歳空港から羽田空港への便に乗っていたのだが、5月12日は奇跡的な一日となった。筆者はこの日の体験を「2024年5月12日の奇跡 地獄から天国へ」という動画にまとめた。