★底本

第一部 p140~144

 

★手塚による要約

大胆な女性観。ユーモアの味があり、心理学的に鋭い。女性の本質を超人の出現に奉仕させようとする意図を見のがしてはならない。

 

 

★解説

・この章では老いた一人の女(老婆)と、ツァラトゥストラが登場する。この章は、老婆とツァラトゥストラの対話によって構成されている。

 

・ツァラトゥストラが、ただひとり日の沈んでゆく時刻に歩いていると、一人の老いた女と出会う。その女は「ツァラトゥストラよ、どうしてあなたは足を忍ばせて、暗がりのなかを歩いているのか。そして何をあなたは大事そうに、あなたのマントの下に隠しているのか。それはあなたに贈られた宝か。それとも、あなたが生ませた子どもか。それとも、悪人どもの友であるあなたは、いまみずから盗賊の道を歩いているのか」と問う。ツァラトゥストラは「まことに、わたしの兄弟よ、それは私に贈られた宝だ。わたしが抱いているのは、一つの小さな真理なのだ。しかし、それは赤子(あかご)のようにやんちゃだ。もしわたしがその口をおさえていなければ、大声でわめくだろう」と答える。

 

・「悪人どもの友であるあなた」を手塚は「弱い善よりは強い悪をよしとするあなた」と解釈しているが、「ツァラトゥストラの序説」でツァラトゥストラが綱渡り人と組み、市場の群衆であまりにも多くの者に憎まれていたように、一般大衆の目にはツァラトゥストラが「悪人どもの友」に見えるという意味なのではないだろうか。

 

・老婆「ツァラトゥストラはわたしたち女にも多くのことを語ったが、女というものについてわたしたちに語ったことは一度もない」ツァラトゥストラ「女についてはただ男にだけ語るべきだ」 老婆「わたしにも女について語ってもらいたい。わたしは老いているから、 聞いてもすぐにそれを忘れてしまうだろう」 

 

・ツァラトゥストラは老婆の望みにしたがって語り始める。ツァラトゥストラの女性観が窺えるので、引用する。

 

女における一切は謎である。しかも女における一切は、ただ一つの答えで解ける。答えはすなわち妊娠である。

女にとっては、男は一つの手段であり、目的はつねに子どもである。だが、男にとっては、女は何であろう。 

真の男は二つのことを欲する、危険と遊戯を。それゆえ男は女を欲する、最も危険な玩具として。

男は戦闘のために教育されるべきであり、女はその戦士の心身の勇気の回復に役立つように教育されなければならぬ。

他の一切は、ばかげたことである。 

あまりに甘美な果実――これは戦士の好みに合わぬ。それゆえ戦士は女を好むのだ。最も甘美な女も、苦みをもっているからだ。 

女は男にくらべて、よりよく子どもを理解する。ところで男は女よりも子どもめいたものである。真の男のなかには子どもが隠れている。この隠れている子どもが遊戯をしたがるのだ。さあ、女たちよ、男のなかにいる子どもを見つけ出すがいい。 女性は玩具であれ、きよらかな、美しい玩具であれ、そしてまだ出現していないような世界を飾るべきもろもろの徳の輝きにみちた宝石にひとしいものであれ。

女たちよ、おまえたちの愛のなかには一つの星が輝いているように! おまえたちの希望は「わたしは超人を生みたい」ということであれ。おまえたちの愛が勇敢さをもつように!おまえたちは、おまえたちに畏怖(いふ)の念を起こさせる男性にむかってまっしぐらに進んで行け。

 

おまえたちの愛をおまえたちの名誉たらしめよ。ほかの場合に、女が名誉を解することはほとんどない。いつも、おまえたちが愛される以上に愛すること、愛において第二位にはならぬこと、これがおまえたちの名誉であれ。

女が愛するときには、男はその女を恐れるがいい。愛するとき、女はあらゆる犠牲をささげる。そしてほかのいっさいのことは、その女にとって価値を失う。 女が憎むときは、男はその女を恐れるがいい。なぜなら、魂の底において、男は「悪意の者」であるにとどまるが、女は劣等であるのだから。

 

女はどういう男を最も憎むか。――鉄が磁石に言ったことがある。「わたしがおまえを最も憎むのは、おまえがわたしを引きながらも、ぐっと引きよせて離さぬほどには強く引かないからだ」と。

男の幸福は、「われは欲する」である。女の幸福は、「かれは欲する」ということである。 

「見よ、今こそ世界は完全になった」――あらゆる女は、愛の力のすべてをあげて従うとき、そう考える。

まことに、女は従うことによって、おのれの表皮のほかに一つの深みを獲得せねばならない。

女の心情は表皮であり、動きやすく、騒ぎやすい、浅い水の面である。 だが、男の心情は深い。その流れは、地下の見えないところを流れている。女はその力を感じはする。しかし理解することはできない。――

 

 

 

・「女における一切は謎だが、ただ一つの答えで解くことができ、それは妊娠である」というツァラトゥストラの主張は妥当なように思われる。女性の心身は月経と無関係ではないし、婦人科はしばしば産婦人科とも呼ばれている。妊娠は男性には出来ず女性のみが出来る行為である。

 

・この章で、ツァラトゥストラは男性と女性の両方を或る意味で低く見ているように思う。「女にとっては、男は一つの手段であり、目的はつねに子どもである」は別の見方をすれば、女性にとって男性は子どもを生むのに必要な精子や子どもを育てるのに必要な金銭を得るための手段でしかないとも言えるし、「女は男にくらべて、よりよく子どもを理解する。ところで男は女よりも子どもめいたものである。真の男のなかには子どもが隠れている」は「女のほうが真の男よりも精神年齢は高い」と読める。

 

・このように男性を低く見る一方で、ツァラトゥストラは「おまえたちの愛をおまえたちの名誉たらしめよ。ほかの場合に、女が名誉を解することはほとんどない」や「女は劣等であるのだから」など、女性を低く見ているようである。因みに「女は劣等であるのだから」は手塚によれば「女は劣等であるがゆえに何をするかわからないとツァラトゥストラが恐れている」という意味であるらしい。

 

・ツァラトゥストラもニーチェも男性だが、男性に「女性は玩具であれ、きよらかな、美しい玩具であれ、そしてまだ出現していないような世界を飾るべきもろもろの徳の輝きにみちた宝石にひとしいものであれ」や「おまえたち(女性たち)の希望は『わたしは超人を生みたい』ということであれ」と言われて「その通りだ!」などと賛同する女性はまずいないだろう。だが、これらの話を聞いた老婆は「ツァラトゥストラは多くの適切なことを言った。ことに、それを聞かせたいような年若い女たちについて多くの適切なことを言った」と絶賛している。

 

・「12 新しい偶像」などから窺えるように、ツァラトゥストラは近代国家に否定的であり、決して軍国主義者ではないが、個人的には「男は戦闘のために教育されるべきであり、女はその戦士の心身の勇気の回復に役立つように教育されなければならぬ」からは、「男は国や戦争のために教育されるべきであり、女は銃後として役立つよう教育されなければならぬ」としばしば考える軍国主義者の雰囲気を感じる。

 

・磁石と鉄の暗喩に関してだが、磁石は一人の男性で、鉄はその男性を愛している女性なのではないだろうか。つまり「もっと、あたしのことを抱きしめてよ」などと恋人の男性にねだっている女性を表現した暗喩なのかもしれない。

 

・かかりあう(p144):かかわる、巻き込まれる。

 

・むつき(p144):おむつ、おしめ、産着(うぶぎ)、ふんどし。

 

・ツァラトゥストラの長い話を聞いた老婆は「ツァラトゥストラは多くの適切なことを言った。ことに、それを聞かせたいような年若い女たちについて多くの適切なことを言った。不思議なことだ。ツァラトゥストラは、あまり女を知っていないのに、女について的確なことを言うとは。これも、女というものにかかりあえば、どんな不思議なことでも起こりうるせいなのだろうか。 さて、わたしの感謝のしるしに、一つの小さい真理を受け取るがよい。わたしはわたしの齢(とし)のせいでその真理を知っているのだ。 だが、それをよくむつきにくるんで、その口をおさえているがよい。さもないと、大声でわめきたてるだろうから、その小さい真理は」と語る。

 

・ツァラトゥストラ「女よ、その小さい真理をわたしに聞かせてくれ」老婆「女のもとへ行くなら、鞭(むち)をたずさえることを忘れるな」という会話のあと、「ツァラトゥストラはこう語った。」という常套句で、この章は結ばれている。この章は老婆とツァラトゥストラの対話によって構成されているが、この章でニーチェは「ツァラトゥストラが老婆との対話について本書の読者に語っているという形式」を採用している。

 

 

 

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