トランプが演説で見せる、他者を罵る時の「口をとがらせた顔」と、勝ち誇って「両こぶしを挙げてダンス」する仕草は、反吐が出るほど嫌いである。80近い年齢になっても、いつまでも「調子込んだガキ」のままだなと思ってしまう。
(イランを口撃するトランプ)
(両こぶしを挙げてダンスするトランプ)
人間は初めて会ったときに、相手の顔つき・言葉使い・仕草・雰囲気などで、自分との距離を測り、どう関わったらいいかを瞬時に判断するという。自らを振り返れば、確かにその通りだと思う。トランプの顔がテレビに映ると、生理的な拒否感からすぐに消したくなる。
「類は友を呼ぶ」というが、安倍晋三、高市早苗はトランプと「距離が近い」感覚、いわば皮膚感覚で「同じ仲間だ」と直感したのではないかと思う。外交戦術とはいえ、プライベートで一緒にゴルフをやったり、横須賀米軍基地の艦上で飛び跳ねたり、ホワイトハウスでの会談時に抱き着いたりする関係は、そういう「距離が近い」感覚がないと出来ないものだと思う。トランプも同様に感じたに違いない。私たちが普段友達を選ぶのもそういう直感が前提にある。
(2019年5月、トランプとゴルフをする安倍晋三)
(2025年10月、米軍横須賀基地艦上で飛び跳ねる高市早苗)
(2026年3月、ホワイトハウスで出迎えのトランプに抱きつく高市早苗)
私は権力欲の強い人間がどうしても苦手である。その雰囲気を感じただけですぐさまに「距離」を置く。安倍晋三や高市早苗的な人は私の周辺にも数多く居たが、御免蒙りたいといつも避けてきた。絶対に「仲間」にはなれない存在である。
最近のイラン戦争でのトランプの言動を見て、改めてこの人物は、他者への共感能力に欠けた、権力欲・支配欲の塊なのだと思った。
(1980年、ニューヨークの「不動産業界のゴールデンボーイ」と呼ばれた33歳のころ。マンハッタン区に建設した超高層ビル、「フィフス・アヴェニュー・タワー」の模型を手に記念撮影)
(1990年、10億ドル(約1450億円)近くをかけて建設、この年に開業したカジノ「トランプ・タージマハル」で)
(2000年、交際中だったメラニア・クナウス、富豪のジェフリー・エプスタイン(性的人身売買などで起訴され勾留中に死亡)らと)
(2015年、トランプ・タワーの「金色のエスカレーター」を降りて登場し、大統領選への出馬を表明したトランプ)
(トランプファミリー)
(2020年。トランプは大統領1期目に2回弾劾訴追されている。最初は2019年に「権力の乱用」と「議会の妨害」で、その後2021年に「内乱の扇動」で罪に問われた)
(2024年、選挙集会で演説中に狙撃されたが、暗殺は未遂に終わった)
(イラン攻撃激化を予告するトランプ)
トランプの顔を見るだけで気分が悪くなるのだが、心を落ち着かせるためにその正反対の人物にはどういう人がいるのかということを考えてみた。地理的にイランに近いという点から、思い浮かんできたのはアフガニスタンで人道支援を行った中村哲(てつ)医師である。
中村医師の生誕は1946年の9月、トランプのそれは同年の6月で、奇しくも両者は同い年生まれである。生きて来た人生の違いはあれ、全くの同時代を生きて来た者同士なのである。
しかし今多くの写真を並べてみて、両者は好対照の姿を見せていると実感する。いや「好対照」と言うよりも、写真のポジとネガの関係のように、慈愛と憎悪、謙虚と傲慢、素朴と虚栄、奉仕と強奪など人間性における表裏をそのまま感じさせる。何よりも顔そのものがそれを物語っている。
(1993年、パキスタンで10年続けてきた医療支援活動などについて久留米大学で講演した時の中村哲さん)
(2001年10月、第153回国会 国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会での国会参考人の中村哲さん)
中村医師は長年パキスタンやアフガニスタンで医療活動に従事したが、「医療だけでは人の命は救えぬ」、「貧困は病であり、その治療には生活基盤の改善が重要」という考えから、干ばつで砂漠化した東アフガニスタンの耕地に井戸を掘り、全長25キロにも及ぶマルワリード用水路を開削した。住民が自らの手で生活を立て直せるようにと、農業技術も教え教育施設も整え、難民を呼び戻して村を復興・新設した。医療も含めたそれらの事業によって戦争と飢餓に苦しむ65万人のアフガン人を救ったと言われる。
残念ながら2019年12月に武装集団の凶弾に倒れたが、身近に接した人たちは「朴訥であるが信念があり」、「決して偉ぶることなく、ユーモアを交えて、誰とでも同じ目線で会話をする」と。その人柄の高潔性を敬愛した。
(自らショベルカーを操作して用水路への取水口を工事する中村さん。ドキュメンタリー映画「荒野に希望の灯をともす」より)
(用水路の造成のため自ら石を運ぶ中村さん、同上)
(工事の指揮をする中村さん。同上)
(同じく指揮する中村さん。同上)
(工事で働く仲間たちと。同上)
(完成させたマルワリード用水路によって灌漑された農地、同上)
(2019年、身代金目的での誘拐の際、銃撃され、病院に搬送される)
(中村さんの死亡記事)
(アフガニスタンでの追悼式)
(2022年、中村さんの顕彰碑、アフガニスタンのジャララバード。碑の中央に中村さんの写真が掲げられている。偶像崇拝を禁止するイスラム主義勢力タリバンが統治する現在のアフガニスタンで、個人の写真を掲げて顕彰する例は極めて珍しいという)
トランプは先日、SNSに自らをキリストに擬えた画像を投稿したが「神を冒涜する所業」と批判を受け、慌てて削除した。しかし言い訳に「医師」として描かれたものだ、と自らを医師に見立てて強弁した。
(白いガウンに赤色の布をまとったトランプが光を放つ手を横たわる病人の額に当てる様子を描写)
私はこの絵を見て、何と愚かなことかと、ただただ呆れ返ってしまった。自らをキリストに擬えているのもそうだが、「医師」と自らを言い換えた点に、卑怯な権力者の欺瞞と傲岸さを強く感じた。医師というものは、下の写真の中村医師のように分け隔てなく「生命」(いのち)を慈しむ者を言うのだ。人殺しのトランプには医師を名乗る資格はない。
(現地で貧しい人々を診療する中村医師)
(同上。中村医師は現地でハンセン病の治療にも尽くした)
中村医師は、凶弾に倒れなければ今年9月でトランプと同じ80歳になる。元気ならば支援活動の中心にまだまだ立っていたであろう。銃弾の結果がトランプと入れ替わっていたならば、今のイラン戦争はなく、逆に中東の平和は地についたものになっていたのではないか、と思ってしまう。
不動産業から成り上がり、その手法で国際政治を強引に主導するトランプと、日本から医師として赴き、アフガニスタンの「地の塩」たらんとした中村哲さん。同い年生まれだが、同じ中東で、一方は上から、国際法違反の侵略戦争を起こして人々の命と暮らしを脅かし、一方は下から、日本国憲法の平和主義をバックボーンに荒廃した村々を復興して人々を支え※、カカ・ムラト(中村のおじさん)と呼ばれて敬愛された。この両者の生き方のどちらに心を寄せるか、為政者はどちらの精神を心の裡に秘めるか、大げさだが、人類の未来はそこに掛かっているように思う。
※中村さんの憲法理解と国際貢献については以下を参照。



























