(タージ・マハール)
サイクリング気分でさっそくタージマハルを目指しましたが、しかし颯爽とは行きません。道路がひどすぎるのです。ホテル近くはまだ良かったのですが、タージに近づくにつれて一帯はスラム街となり、舗装は崩れてデコボコです。また道の真ん中まで人がたむろし、他にも犬、牛、山羊、猿がウロウロしています。道の脇にはゴミや糞が散乱し、とてもスムーズには走れません。走れないところは押して進み、何とかタージの近くまでやってくることが出来ました。少し離れた駐輪場に自転車を置いて、徒歩でタージの西門入り口に到着です。
(タージマハールのチケット売り場、ここでADAチケットを買う、ネット写真)
〈ADAチケット〉
西門入り口からは高い外壁の上に白いタージのドーム部分が見えます。 入り口にはチケット売り場があり、料金はインド人と外国人では別料金となっています。当時インド人料金は2・30ルピー(5・60円ほど)だったかと思いますが、外国人料金は30倍近い750ルピー(2000円ほど)でした。ただこれはタージマハルだけの料金ではなく、500ルピーはインド考古学局へ納められるADAチケット料金分です。ADAチケットとは、タージマハル他のアグラ市内の文化財の修繕や維持費に使われるもので、共通券となり、ここで買っておけばタージマハル以外の観光場所は無料となるものです。
30年前(1975年)にも私はタージマハルを見に来ました。その時には外国人料金などというものはなく、インドの人と同じ料金で入れたかと思います。実はこの料金の高さに不満を持つ人も多いのですが、それは修繕費云々だけではなく、経済格差に対応する面もあるのだろうと思っています。タージマハルを見に来られる人は、私のような富裕な国の旅行者が圧倒的だからです。
入り口のチェックはかなり厳しく、カメラ・貴重品以外を荷物預け所に預けても、厳しいチェックを受けます。インド最大の世界的遺産ですから当然のことでしょう。バッグ内の荷物検査と身体検査で私はポケットに入っていたライターを指摘され、また荷物預け所まで戻ることになりました。
入り口のチェックの厳しさは貴重な文化財の保護というよりも、テロの警戒があるのだろうと思います。ヒンズー教徒とイスラム教徒の対立は長く根深く、近年の世界的なイスラム過激派のテロ事件の影響もあります。事実、このタージマハルでは数年前に爆弾が置かれる事件があったとガイドブックには書いてありました。入場時のチェックの厳しさはこの後デリーの映画館でも経験しましたので、後で詳しくお話ししたいと思います。
〈タージマハルの感動〉
西門の入口を入って行くと左手に正門(大楼門)が見えます。その正門に立つと奥に真っ白なタージがすでに大きく見えます。下の写真がそれです。
(3色のコントラストのタージマハール、ネット写真)
正門(大楼門)を視野に入れて見るタージは、この世のものとは思えないほどの美しさです。思わず息を呑みます。視野には、アーチ型の正門の陰の部分と、その中の柔らかな色彩の青空、そしてその中央には白亜の大理石のタージがまるで額に入った絵のように見えます。黒、青、白のコントラストが圧倒的な美しさを見せています。
この美しさを何と表現したらよいのでしょうか。
「気高く高貴なものが穏やかに佇んでいる」。そういう感じです。葬られている寵妃ムムターズを想えば「貴婦人の佇まい」とも、と思いました。もっと適当な形容もできるのでしょうが、私にはそれ以外の表現が浮かんできませんでした。正門前で私はしばらくの間立ち尽くしていました。
建物は大きなドームを持つ正面の廟(お墓の部分)と、ちょうど程よいバランスの4本の塔(ミナレット)から出来ています。
次に私は正門から中に入って行きました。淡い青空に白亜のタージ。近づいて行くほどに高貴な存在が大きくなって行きます。「真から美しいもの」が眼前にある、言葉でいう「美」が実物として存在している、とでも言うしかありません。
(押し付けガイドが撮ってくれた私とタージマハール)
〈30年前との違い〉
30年前、21歳の時にもここには来ているのですが、その時の印象は、確かに美しいとは思ったのですが、それだけの「感動」だったように思います。写真で見た時とさほど違わない印象でした。
51歳になってのこの印象の違いは何処から来ているのでしょうか。
30年前の時にはもう一つ「感動」したものがありました。それはインドからネパールに入る時、飛行機の窓から見えたヒマラヤの山々です。雪を頂いた、壁のような白き峰々がカトマンズ盆地を取り巻き、その神秘的な姿を見せていました。日本の山も素晴らしいのですが、ヒマラヤの山々のスケールはそれと全く違います。高く険しく屏風のように聳え立ち、息を呑むほどの絶景でした。タージマハルより強い感動、言葉を換えれば「打ち震える」ような感動でした。
21歳の年齢は、精神に強いインパクトを与えるものに感動します。ハードなもの、自分自身を全く変えてしまうほどのものに感動し、畏敬の念と強い憧れを持ちます。若い生命力には強いもの、「打ち震える」ほどのものが対応するのだろうと思います。
今はどうでしょうか。ヒマラヤを見たらもちろん感動するでしょうが、「打ち震える」という感情とは少し違っているのではないかと思います。「凄いな」という事実のみへの感情だろうと思います。
私の貧しい美意識ですが、タージへの感動はもっと「地に着いた」ものという感じがします。それは、タージマハルで展開した人間模様も頭の中にあり、それと自分の以後の30年間の人生も重なり合い、そういう経験が背景となった「感動」ではないか、とも思っています。若い時にはモノとしてしか見ていなかったものが、人間を加えた奥深いものとして見えてきたということなのでしょうか。30年前と今見ている感動の違い、うまく表現できないのですが、そのような想いを抱きました。
〈タージにぴったりのインド人〉
庭園(前庭)と水路に沿った長い通路を過ぎてタージの眼前まで来ました。
タージの基壇の階段を上り、すぐには内部には入らずその上で背後のヤムナー河の方を眺めていますと、50代後半ぐらいのインド人らしき男女(夫婦と言うより恋人同士と言う雰囲気)に「そのクルタピジャマ、素敵だね。シルクかい?」と声を掛けられました。まだポリエステルとは知らず、綿だと思い込んでいた時でしたので「コットン」と答えると、「リアリー?」(本当?)と言われます。そうか、ポリエステルだったのかと、その時に知ることになりました。私は、綿もポリエステルも区別がつかないほど無知だったのです。
二人はインド風ではなくヨーロッパ風のファッションで、ともに素敵な人でした。「インドの方ですか、どちらから来たのですか」と尋ねますと、インド人だがロンドンに住んでいる、観光旅行でインドに来ていると答えます。インド系イギリス人のようです。
(インド系イギリス人カップルが撮ってくれた私とミナレット)
インドの人たち、とくにアーリア系の人たちは堀の深い顔立ちで眼も大きく、美男美女が多いのはお分かりでしょうが、とくに上流階級の人たちは品があり素敵です。その二人の姿を見ていると、インド人もヨーロッパのファッションが似合うものなんだな、インド人の品の良い雰囲気は、まさにこの豪壮なタージマハルにぴったり合うものなんだなと、ため息が出るほどでした。モンゴル系で胴長短足の我が身を振り返り、生まれというのは何と不平等なことかと、つくづく思います。
二人が私のクルタピジャマを素敵だと言ったのはもちろんクルタピジャマのことだけだったのだろうと思います。いやそれもお世辞だったのかも知れません。
高貴とは 斯くなるものか 空の青 真白きタージ 凛
としたがえ
(続く)




