(イタリアの旅、その11)

 

 午後の3時半ごろにはサンピエトロ大聖堂を見終わり、バスは次の目的地・トレビの泉に向かった(地図1の紫の点線)

 

(地図1、ローマ市街図)

 バスはサンピエトロ広場を出るとすぐにテベレ川に突き当たったが、そこでは左手にサンタンジェロ城が木々越しに見えた。このテベレ川の橋のたもとは映画『ローマの休日』(1953)の船上ダンスパーティーのロケ地として有名であるが、バスは橋を渡らずに右側へ川に沿って走り、次にヴェネチア広場へ向かう橋で川を渡り、広場の前まで入って行った。

 

(映画『ローマの休日』(1953)のサンタンジェロ城とダンスパーティーのシーン)

 

 バスはそのままヴェネチア広場前を右に折れてフォリ・インペリアル通りに入り、左手にトラヤヌス帝のフォルム、右手に翌日に行くことになるフォロロマーノを見て、またすぐに左のカブール通りに折れた。

 

 カブール通りを進んで行き、左手のシスティーナ通りへ曲がってしばらく行くと、もうそこはトレビの泉やスペイン広場の近くであった(地図1)。通りでバスを降り、私たちはまずトレビの泉に向かって歩いていった。

 

 

〈トレビの泉とスペイン広場〉

  トレビの泉は背後のポーリ宮殿の壁と一体になった泉で、18世紀半ばに出来たもの。背後の彫刻はバロック様式と言われる。ここではお決まりのコイン投げをやった。

 やはりここで興味があったのは、映画『ローマの休日』のアン王女(オードリー・ヘプバーン)がバッサリと長い髪を切った美容店の場所である。映画ではトレビの泉にやって来たアン王女がすぐ近くの美容店の髪型の張り紙を見て、そこの店に入って行くのであるが、その場所はどこであるか、確認してみたいと思っていた。すでに美容店はバッグ店に店替わりしていたことは知っていたが、トレビの泉の右側の通りに面しているということで、行って見た。確かにバッグ店になっていたが、残念ながらその時は開いておらず、中を覗くことは出来なかった。

(『ローマの休日』のトレビの泉にやって来たアン王女と美容店の前に立つ姿)

(映画の髪を切るシーンと美容店跡に立つ息子)

 つぎに近くのスペイン広場まで歩いて行った(地図1)。ここも『ローマの休日』の名シーンの場所である。アン王女がジェラートを食べたり、新聞記者ジョー(グレゴリー・ペック)と再会する場所であるが、アン王女が座っていた石段の場所を捜して息子を座らせて写真を撮ってみた。しかし、一列右手の場所であったことを日本に帰ってから気づき、これは残念なことであった。

 

(スペイン広場の上のトリニタ・デイ・モンティ教会とオベリスク)

 

 それにしてもこの日は暑かった。30度は優に超えていたと思うが、階段の上にあるトリニタ・ディ・モンティ教会まで上がって行ったとき、あまりの暑さに息子はそこのオベリスクの影にしばらく避難している様であった。

 

〈映画『ローマの休日』〉

 両地とも名画を思い出しながらの散策であったが、これらの場所に立つと、もう70年以上も前の古い映画が現在でも生きている、という実感を持つ。

 『ローマの休日』は王女と新聞記者が偶然出会い、互いに身分を隠しながら恋に落ち、翌日には辛い別れを迎えると言う、現実にはあり得ない「大人のおとぎ話」だが、そこにはローマの様々な観光名所が宝石のように散りばめられている。

 

 多くの人にとって、ローマ観光と言えば『ローマの休日』のさまざまなシーンが思い出され、私のようにそれを確かめている人も間違いなく多い。スペイン広場の階段ではヘップバーンを想像して座る人も多かったが(観光を害するということで今は禁じられているようだ)、事実、人によってはロケ地巡りを目当てに訪れるという人もネットなどでは見かける。それほどの影響力のあった映画なのだ。

 『ローマの休日』によってローマは、栄華を極めた古代や中世のみでなく、70年前のアン王女と新聞記者ジョーの恋物語の舞台として目当ての場所になっている、と言っても言い過ぎではないかもしれない。

 

 この映画はラストシーンがいい。

 

 新聞記者たちとの会見の場で、アン王女は目の前にジョーがいることに気付き、昨日のスクープ目当てであった現実を知るが、国家間の問題に質問が及んだ時、ジョーを意識して「人と人との信頼関係と同じ」と毅然と答える。ジョーもそれに応えるように「「王女様のご信頼は決して裏切られることはないでしょう」と、密かに王女への誠実さを示し、アン王女も「あなたの発言をとても嬉しく思います」と、その意味を理解する。

 「国家間の問題」とはワイラー監督の、第二次世界大戦への反省とヨーロッパ統合への期待を込めた言葉との評価もあるが、こと恋物語に即して言えば、この言葉のやり取りが何よりもいい。一般的な受け答えの背後にある、この二人しか理解し得ないやり取りは絶妙であり、言葉と共に見つめ合う二人の切ない表情もそれを補って余りあるものがある。

 そしてエンディングもいい。アン王女が記者会見の場から去ったあと、一人荘厳な広間から去るジョーがもう一度ちらと振り返って見るシーンには、二度と会えないだろうと言う男の切ない想いと、観客に「アン王女が追いかけて来れば・・」と、あり得ない現実を期待させる、絶妙なエンディングであった。

 

 私は、もうこのラストシーンでは、それまでの現実離れした「大人のおとぎ話」は終わっていた、と思う。私はこの部分がこの映画の主題の一つであり、それまでのローマを廻る男女のやり取りはその準備に過ぎないのではと感じた。大袈裟に言えば、私は、誰しもが抱く「恋の切なさ」ではなく、それを超えた「人間の誠実さ」や「尊厳」、またそれを踏まえた「愛の普遍性」を描くものであり、それがワイラー監督の主眼の一つではなかったか、とすら感じてしまった。このシーンが無ければ、この映画はこれほどの感動を呼び起こすことはなかったと思う。「不朽の名作」との評価はこのラストシーンにかかっていたのだ。

(記者会見でのアン王女とジョー)

(宮殿を去るジョーが会見場所を振り返るシーン)

 

 しかしなぜこの映画は舞台がローマであったのだろうか、なぜニューヨークや東京ではなかったのだろうか。私の知る限り原作を書いた脚本家のダルトン・トランボは何も語っていないが、王女と新聞記者の夢のような「おとぎ話」には、やはり古都ローマが似つかわしいと思っていたのではないかと思う。

 

 その点で、私はこの映画の持つ魅力の一つは「極端」性の持つ妙味なのだろうと思っている。一般的な男女ではなく、王女と新聞記者という極端な身分の違いと、一方では「永遠の都」ローマという、古代・中世の栄華が現代にまで色濃く残る世界史的にも特殊な場所の、人的にも時間的にも両極端の設定がこの「おとぎ話」には不可欠であり、そのクロスする設定が特段の妙味になっているのではないか、と思う。仮に同じ職場の男女がニューヨークや東京で同じ恋をしても、その深みにおいては『ローマの休日』には遠く及ばないであろう。やはりこのような映画は永遠の都ローマでしか成り立たないものなのであろう、などと思ってしまった。

 

〈夕食を食べに街へ〉

 ホテルはマンゾーニ通りを東に進んだところにある「ホテルプレジデント」というところであった(地図1)。これから2泊することになる。夕食は各自でということで、7時ごろに息子と近くのエマニエル・フェルベルト通りというホテルの前の通りをブラブラと行って見ることにした。

 

 10分ほど歩いて行くと、パスタ料理の店が左手にあったので入ってみることにした。名前を「パスタ・リート」といい、ローマではイタリア料理のチェーン店の一つのようである。近くにサンジョバンニ教会があるようで、正式には「パスタ・リート・サンジョバンニ」という名であった(地図1)

(入ったパスタ・リートと注文した料理)

 注文はカルボナーラとリゾットにしたが、この店のメニューを見ると、麵の形・種類も太さも茹で時間もこちらで注文できるようで、本場のパスタはやはり違うと感じた。量も多く1皿で3人分はあるのではないか、という量であった。地元の普通の店のようで、記念にと店内や厨房を撮影させてもらっていると、これもいつもながらお客さんに手を振ってもらった。こういう普通の暮らしに接することが旅のよい思い出になっている。

(撮影した店内と厨房、支払いをしている息子)

 帰りは来た通りを引き返していった。時間は9時近くになっていたが、途中にビデオショップがあり、息子はイタリアではどんなビデオがあるのか興味があるらしく、中に入って行った。レンタルショップのようであったが、お客さんもビデオを選んでいた。パスタの店と同じように、こういう日常生活の場に触れることが本当に楽しい。

(帰り道と途中のビデオショップ)

 明日はまず最初にオプションのコースでシスティーナ礼拝堂やヴァチカン美術館の見学となっている。

 

(続く)