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戦後民主化の裏に見る秘かな検閲の影

                   薄井 一彰

二 プレス・コードの影響 

戦後にGHQは、新しい日本国憲法案の作成を幣原内閣の憲法問題調査委員会(松本委員会)に指示するが、この委員会はほとんど明治憲法と変わらない草案を出して来た。そこでマッカーサーは、ホイットニー民政局長らに全く別の草案を作らせ、日本政府と調整して一九四七年五月に現行の日本国憲法が施行された。

戦後日本の民主化は、GHQ強制によるパラダイムシフトなくしては、とても出来なかった。それには軍国主義・超国家主義教育から自由民主主義教育への転換とそれを支える国民の意識改革が必要だった。

  戦前・戦争中の抑圧から解放された日本の文学は、男女の自由な恋愛と結婚をテーマにした、明るい印象がある。私も青春期には、石坂洋次郎の「青い山脈」や「山のかなたに」などで、その余韻を味わったことがある。しかしその背後には、作品と作者が一体であるとされる短歌の雑誌を中心に、秘かな検閲により政治・経済・文化にわたって、日本を改造しようとするGHQの意志が働いていた。

第二次世界大戦前と戦争中の日本においても検閲制度はあったが、これは目に見える形で行われ、見せしめ的なものであった。しかし、GHQのプレス・コードは、検閲や検閲局の存在も秘密とされ、戦後日本を政治・経済・文化の全般にわたって、内面から改造しようとするものであった。

戦後の日本は徴兵制もなく、日米同盟に守られて経済に専念でき、豊かで平和な時代が続いた。しかし、米ソ冷戦が終わり、中国が台頭して来ると、相対的に米国の力は弱まり、日本の独自性・独立性が求められるようになっている。このような状況の今こそ、プレス・コードによって、日本が失ったものは何だったかを、問いかける時なのかも知れない。