センター試験と源氏物語
薄井 一彰
一 センター試験から共通テストへ
大学に合格された方は、一次試験、第二次試験と、二回入学試験を受けた方もおられると思う。私は一浪しているので毎年、一次試験があった三月三日になると大学受験のことを思い出す。
一九七九年(昭和五四年)から、国立大学の一次試験をまとめた共通一次試験(大学共通第一次学力試験)が実施される ことになり、一九九〇年(平成二年)に大学入学センター試験に改称されて二〇二〇年まで続いた。私の四人の子供たちは、皆このセンター試験を受験したので、 私は趣味と実益をかね、文科系の科目について子供たちの家庭教師をした。特に国語は配点が多く、私の得意科目だったので、子供たちが大学に入学をしてからも国語だけは毎年問題を解いており、この習慣は二〇二一年(令和三年)に、大学入学共通テストに変わってからも続いている。
二 センター試験の構成
センター試験の国語は二〇〇点満点で、評論(五〇点)、小説(五〇点)、古文(五〇点)、漢文(五〇点)という配点になっている。この構成は、共通テストに移行してからも変わっていない。本稿ではこのうちの古文(五〇点)について、述べてみたい。
三 源氏物語の影響
インターネットで調べると、センター試験の問題は大学教員が作成していたようだ。そしてこれまでの出典を見ると、今昔物語集、平家物語、太平記などはあるものの、古文の先生の頭はどうしても、源氏物語中心にできているらしい。
しかし源氏物語そのものは、本試験ではニ〇一四年の『夕霧』くらいしかない。(追試験ではニ〇〇三年の『手習』、一九九九年の『薄雲』がある。)だが、二〇〇七年の兵部卿物語から、最後のセンター試験となったニ〇ニ〇年の一四年間の、本試験の半分にあたる七回の古文が、源氏物語の擬古物語の類が出題されているのだ。
(センター試験に出題された擬古物語)
●二〇〇七年 兵部卿物語
●二〇〇九年 一本菊
●二〇一〇年 恋路ゆかしき大将
●二〇一三年 松陰中納言物語
●二〇一五年 夢の通ひ路物語
●二〇一七年 木草物語
●二〇一九年 玉水物語
なぜ、あまり有名でない擬古物語を、出典文とすることが多かったかを考えて見よう。それは、二〇一〇年までは、いわゆる過去問題を再度、出題しないというルールが厳守されていたことがある。またそれ以降も、できるだけ受験生が過去に見たことのないような出典を使いたいという、出題者の意図が働いていたこともあろう。
四 難解な源氏物語と擬古物語
しかし擬古物語といっても、ほとんど源氏物語の文体と類似した難解なものであり、源氏物語とこの擬古物語が古文に出題されると、パニックになる受験生が多かったようだ。私の子供もこの難問にはまって、国語全体の成績を著しく悪くした子がいた。
しかし難解だからと言って、その内容が人生の指針となるような意味のある文章かと言えばそんなことはなく、大半が男女の恋愛やそれにまつわる痴話ばなしばかりである。一方、漢文の出典は人生訓となるような意味深いものが多く、その文章は多感な時期にある大学受験生の心に、生涯刻まれることになると思う。
五 二〇一四年のセンター試験
出題された試験問題の古文と漢文の例として、二〇一四年のセンター試験(本試験)を例にとって比べてみよう。
二〇一四年のセンター試験国語の平均点は、ニ〇〇点満点で九八点であり、二〇一三年の一〇一点とニ〇一五年の一一九点に比べて著しく低い。これは古文に、『源氏物語』(夕霧)の一節が出典となっている難問が出されたことが、大きく影響していると思われる。
問題文の冒頭の部分を、次に示してみる。
三条殿、「限りなめり」と、「『さしもやは』とこそ、かつは頼みつれ、『まめ人の心変はるは名残なくなむ』と聞きしは、まことなりけり」と、世を試みつる心地して、「いかさまにしてこのなめげさを見じ」と思しければ、大殿へ「方違へむ」とて渡り給ひにけるを、女御の里におはするほどなどに対面し給うて、少しもの思ひ晴るけどころに思されて、例のやうにも急ぎ渡り給はず。
三条殿は夕霧(源氏の子供)の妻である雲居雁であり、夕霧自身も大将殿として、出て来るのみである。話は、夕霧は妻の雲居雁がいるのに、落葉宮と浮気をして深い仲になった。そこで雲居雁が怒って、実家に帰ってしまう。困った夕霧は妻の実家に行って、子供のことも考えてくれと訴える。
主な大学受験生は十八歳の男女であるのに、夫婦げんかや痴話げんかの話を、日本の古典文学の問題として出題することが、果たして相応しいだろうか。
一方、二〇一四年の漢文の問題は、陸樹声の『陸文定公集』という文章であった。これはタケノコを例にとり、うまいタケノコはすぐ切られて食べられてしまうが、苦いものは切られずに身を全うすることができるという、深い人生訓を含んだ漢文である。
六 心に残る古文の入試問題
心に残る古文の入試問題の例として、五〇年ほど前に私が受けた入学試験に出題された、『かげろふ日記』の一節がある。作者の息子である道綱が、鷹を空に放す場面の文章を、今でも覚えている。
センター試験が共通テストに変った初回、二〇ニ一年古文の『栄花物語』は感動的な名文と思われるが、二〇ニニ年の『増鏡』と『とはずがたり』は、現代文に直して読むと恥ずかしくなるような、たわいもない内容に見える。
今後の共通テスト古文において若い受験生のために、前述した夕霧と落葉宮、雲居雁の三角関係のような問題が、出題されないことを、願うばかりである。