美しき時代劇   (壬生義士伝)

 

今回テレビ放映で見ました(壬生義士伝)について。

 

2003年の封切から初めて観る機会がありました・

 

この作品を見終わって感じたのは主人公吉村貫一朗を中心とする人物の

 

ほのぼのとした感触でした。

 
守銭奴と蔑まされようと

 

また、金のためには、その立派な剣の腕前を惜しげもなく駆使し、はたまた

 

同士の秘密を握るとゆすってお金を巻き上げる・・・・それがいやみのないゆすりで

 

憎めないのである。

 

故郷に残した家族を養うため・・仕送る金のためなのである。一途にお金を稼ぐのだ。

 

その新撰組の一浪士の

 

一途な生き様を描いた作品・

 

お話は・・・・

 

時は明治と年号が改まって32年の冬のこと。

 

老人は 風を引いた孫を連れて 町の医者を訪ねた。 

 

町医者大野は満州に医院を開業するため、引越しの準備を始めていたところであった。

 

夫人が小児科の医者で、孫を見ている間、老人は片づけで散らかった部屋を

 

ぐるりと見渡していて机の上にあった古びた写真に眼が行った・

 

老人は驚いた・

 

それは老人が若い時分、 壬生の新撰組に居た頃に出会った一人の侍、

 

吉村貫一朗の姿だったからだ。

 

゛あの写真の方はお父上ですか??゛

 

゛いや 知り合いで・・・゛

 

老人と大野医師は昔を思い出しながら話をし始めた。

 

老人が斎藤一と呼ばれていた頃に出会った男、

 

吉村貫一郎の生き様だった。

 

京都で血気盛んだった頃の新選組。

 

斉藤は人殺しという自覚しかない隊に悶々と悩んでいた頃に

 

入隊してきたばかりの吉村貫一郎と出会った。

 

吉村という男は

 

ヌウボウとした田舎侍という外見の有様の中にちらっと見せる計算高さ、

 

油断のならぬ 人を巻き込む田舎訛りでの言動、かといって

 

こちらが仕掛けようとすると、さらりと見抜きズバッと意標をついてくる。

 

が憎めない朴訥さも併せ持っていた。

 

そして外見の純朴さと裏腹に

 

北辰一刀流の剣の達人でもあった。

 

家名を重んじ、死をも何するものぞ の武士の精神に誇りを持つことが当たり前なのに

 

吉村は生き残ることを固く心に誓っていて、

 

金の為に剣を抜く・・・・戦う男であった。

 

家族を残したまま盛岡藩を脱藩してまで、新撰組に入隊した吉村にとって

 

愛する家族のため、お金を稼ぎ仕送るためにはどうしても、どんなことをしても

 

生きねばならなかったのだ。

 

斉藤はそんな吉村を最初は軽蔑し嫌っていたが、そのうちに

 

彼を観察することが楽しみになっていった。

 

そんな壬生の一隊員吉村の日常、また彼の一挙一動を

 

小さな感動あるいはユーモラスにも描く。彼の守銭奴もわけを知れば

 

他の隊員たちとて、苦笑しながらあるいはほほえましくも

 

吉村を愛でるようになっていった。

 

世は大政奉還。鳥羽伏見の戦いで

 

一人死にまたひとりと追い込まれていく。討ち死にするもの

 

逃げるもの様々な中、吉村はと言えば最後まで戦いぬいた。

 

賊軍となってしまった新選組。

 

戦う吉村たちの前に官軍が旗をはためかせながら

 

行進してきた。 一転して

 

新撰組は逆賊として薩摩や長州軍で構成される官軍に追われる身となります。

 

 官軍と戦う吉村は

 

右手に大刀、左手で小刀を抜き、

 

゛朝廷に歯向かう意志はないが、それがしの『義』のために引くわけにはいかぬ゛ と

 

言いながら鉄砲を向けてきた官軍に向かって走り出します。

 

砲煙の上がる中、吉村の姿は見えなくなり、゛吉村ー゛と 追っかける斉藤も足を

 

ぶち抜かれ臥して吉村の名を呼び続けた・・・・

 

それは・・盛岡藩を脱藩して、藩を裏切った・・・

 

一度、義を踏みにじった吉村にとってまた・・二度目の義・・新撰組..というよりも徳川幕府を裏切れないと

 

忠義を貫いた。

 

そして、傷まみれで瀕死の中を

 

盛岡藩の大阪蔵屋敷の差配役として赴任していた

 

幼なじみの大野次郎右衛門の邸へたどり着いた。

 

しかし、大野は匿うことも出来ず、情けで、吉村に゛腹を切れ゛

 

゛そんなボロボロの刀では腹も切れないだろう゛と言って、

 

自分の刀を吉村に渡した。再会した無二の親友の非情な態度に貫一郎の失意は

 

いかほどのものか・・・・

 

しかし、次郎右衛門は 最期のめし  南部の米のおにぎりを食べさせようと

 

涙ながらに自ら握るのだった。

 

吉村は官軍に引き渡されることなく、故郷、愛娘、息子を

 

想い浮べながら切腹して果てたのだった。

 

大野医師は次郎右衛門の息子の大野千秋であった。

 

吉村貫一朗と大野次郎右衛門は幼馴染であるように

 

息子の嘉一郎と千秋もまた学友であった。

 

彼から

 

気になっていた吉村貫一郎の最期を聞くことが出来た斎藤は感極まった。

 

大野医師の妻みつは貫一郎の娘であった。

 

みつの診断を終えた孫を連れ、老人斉藤は夜の暗闇の中 

 

家路へととぼとぼと足を運ぶのだった。

 

本作品の 吉村はまたしても名誉も誇りも武士道も棄て、

 

生きる・・ことを選ぶ主人公であった。

 

というより選ばざるを得なかった人生なのである。

 

浅田次郎氏の作った架空の人物であろうが

 

武士道と家族愛という人間愛を描く上での浅田氏の理想の人物かもしれない。

 

意固地な武士道ならば棄てて、家族愛を貫く生き様のほうが素晴らしいと

 

思うのですね。だけどもやはり 最期は逃げることなく義に臥した死だった。

 

蜩の記の戸田秋谷の武士道を貫き切腹を選んだ生き様は

 

意固地ではなく秋谷の美学だし、これはこれで良いと思うのですね。

 

この作品は新撰組を横軸にして

 

一武士を介在として 人間愛のドラマ、家族愛のドラマ、

 

男たちの触れ合いを縦軸に描いた。

 

そのシーンは人間の真実を描いてうそがないから涙が止まらないんですね。

 

斉藤一、  吉村は斉藤先生と呼ぶが・・・ は人間の善意も愛情も何もかも

 

信じることが出来ない人間で  壬生でただただ死に場所を見つけて模索しているよう

 

な人物です。

 

斉藤老人が作品のナレーション的な案内役をしているが

 

吉村と出会って、吉村の男としての価値だけでなく、自分自身の生きていく価値の

 

大きさ、(義)に生きる本物の姿を見せられ、惹かれ 感動していった。

 

吉村の最期を大野医師から聴かされ、

 

 働いてお金を稼ぐことは吉村貫一朗の生きていく価値その

 

ものだったと改めて感じ入った・

 

南部盛岡藩で若者たちに南部藩士としての生きかたを説いていた吉村の生き方は

 

新撰組や幕府が傾いても、譲ることの出来ない(義)だった。

 

 

南部訛りの、朴訥とした吉村貫一郎という人物像を

 

中井貴一は見事 というより私は好演という自然な演技に受け取りました。

 

ラストの独言

 

しんしんと降る雪の音を聴きながら、妻しづや、息子嘉一郎たちに語りかける。

 

その顔には笑みがあり

 

盛岡訛りは多少わかりにくいところもあるが、

 

中井貴一が一人静かに語り続けるこの長いシ-ンは圧巻で感動的で

 

涙が止まらなかった。

 

現代 制作される日本の時代劇も棄てたものではないですね。

これからが楽しみになりました・

 

今年のNHKの大河ドラマ(西郷どん)の紹介番組で

 

裏方の美術さんがある程度本物を使いたいと言って

 

村のセット作りで、大きな大きなクスの木をどこぞの山から運んできたと

 

話され見せてくれましたが、今の若い人たちもこだわりが深く

 

そして史実にも興味を持った方たちがどんどん輩出されている現状を垣間見て

 

うれしくなりました・

 

まあそれにしても大河のように長い原作をうまく映画化され

 

とっても好きな作品でした。

 

中井貴一さんのファンにもなりました・

 

もちろん佐藤浩市さんもですが。

                              

 

息詰まる役者陣の殺陣、人間味溢れる主人公中井さん

 

夏川結衣さんや中谷美紀さんといった実力派女優陣

 

たっぷりとした制作時間でわかりやすくゆったりとした感触でした。

 

監督は滝田洋二郎さん。

 

原作は、2000年に第13回柴田錬三郎賞を受賞。

 

 

キャスト
吉村貫一郎     中井貴一
斎藤一        佐藤浩市
しづ 大野みつ   夏川結衣
ぬい          中谷美紀
大野次郎右衛門  三宅裕司
近藤勇        塩見三省
土方歳三      野村祐人
沖田総司      堺雅人
大野千秋      村田雄浩
吉村嘉一郎     藤間宇宙
徳川慶喜      伊藤英明

2003年制作