林怡蕿(リン・イーシェン)さんによれば、
台湾4紙の過去2年間の日本関連報道61,899件のうち、上位を占める
内容はスポーツ・レクリェーション、芸術文化、日本国際政治の順だ
という。

まず、日本関連についての社説評論は、国際政治と経済や日本の
国内政治と並んで福島原発事故が取りあげられている。

そして尖閣諸島問題における台湾の世論は、台湾政府の公式見解で
ある
「尖閣諸島(釣魚島)は中華民国の領土であり、台湾列島の一部である」
に対し、先日妥結した日台間の漁業協定についてに多く言及しており、
代表的な論調は、
・尖閣諸島の所有権をめぐる問題を棚上げしたもの(中国時報)
・日本の主権の譲歩とみなし、台湾の利益である(聯合報) 
などがある。

一方、橋下徹大阪市長の慰安婦発言について、台湾政府はコメント
も抗議もせず沈黙している。

他方、安倍政権の憲法改正論議については右傾化深化であると
不安視している。
・日本国民の理性的判断に期待したい(聯合報)
・「富国強兵」「天皇陛下万歳」には批判
・東アジアにおけるトラブルメーカーは中国であり、日本ではない
(自由時報)

各紙は自社のナショナリズムの立ち位置によって日本をとらえてい
る。
たとえば「聯合報」「中国時報」は戦争の記憶を強調し、
「自由時報」は中国ナショナリズムの言説を批判している。

おおざっぱにいって「中国時報」は強い親中反日。
「聯合報」はやや弱い親中反日。
「アップルデイリー」は強い反中、弱い反日。
「自由時報」は強い反中、弱い親日であるといえる。
林怡蕿(リン・イーシェン)さんは2次元の表にまとめて
いるがここでは割愛したい。

※このレポートは林怡蕿(リン・イーシェン)さんの講演を元に
まとめたものです。固有名詞や語句の誤りは江川の責に帰します。

(市民政治研究会・台湾講演会の項、了)
林怡蕿(リン・イーシェン)さんの講演はいよいよ本論に入るがそれに
ついてはまたの機会にゆずるとして、台湾社会を構成している人々について
まとめたい。

台湾の原住民族はオーストロネシア語族で、14の民族に分かれる。
人口は約52万人、総人口の2%で台湾全体の主に山地・離島に居住し、
独自の文化・言語を持っている。
日本植民地時代には「高砂族」と呼ばれ、各民族間の共通語として日本語が
使われた。

14族以外に承認されていない原住民族「平埔族」という人々がいて、8民族
3~4万人が平地で漢民族と混住している。

漢民族は、大きく2つのグループから成っている。
本省人 1945年以前から台湾に定住してい人々で、1945-49年当時人口は
 約400万人であった。
 本省人はさらに2つに分かれる。
 ① 閩南人(びんなんじん)=台湾人:福建省からの移民で日常生活は
  台湾語(閩南語)
 ② 客家人(はっかじん):広東省からの移民で日常生活は客家語

外省人 1945-49年、共産党との内戦に敗退し、国民党軍とともに台湾に
 移住した人々で約120万人と言われている。

このようにさまざまなルーツを持つ人々が台湾の地に混住している。
それぞれのグループの出会いは台湾史を振り返ればわかるように、決して
幸せなものではなかった。
当日の参加者の中にも台湾人と「高砂族」は知っていてもこのような複雑な
歴史があったことを知る人は少なかったようだ。

-続く-

 
林怡蕿(リン・イーシェン)さんによれば、台湾の近現代政治史は以下のよう
に区分できる。

・日本植民地時代(1895~1945)
・国民党一党権威政治、統一志向=中国ナショナリズム(1945~1987)
・戒厳令解除、民主化(1980~)
・オポジション(野党)としての民進党、独立志向=台湾ナショナリズム
(1986~)
・第1回政権交代、国民党→民進党(2000~2008)
・第2回政権交代、民進党→国民党(2008~現在)

戦後1945年から49年にわたった共産党との内戦に敗れた蒋介石の国民党は、
約120万人の軍人・民間人とともに大陸から台湾に移ってきた。
彼らは外省人と呼ばれ、1945年以前から台湾に住んでいた本省人
区別される。

2.28事件以降の白色テロにより、本省人は同じ中国人である支配層の外省人
から弾圧され、1980年に戒厳令が解除されるまでは自由にものをいうことが
できなかった。
台湾独立運動家の中には台東市から25kmの離島である火焼島(現・緑島)
の政治犯として収容所に流刑された人も多かったという。

-続く-