2016年2月1日、政治学者の京極純一先生が亡くなられた。

享年92歳、老衰だったという。

京極純一先生は長く東京大学法学部教授を務められたが、

私の恩師、故高畠通敏先生の先生に当たる。


私が立教大学の学生だったときに、講師として来られていた

京極先生の「政治原論2」(1977年度)を受講した。

東大の「政治過程論」と同じ講義だということで、立教生

にとっては何とも贅沢な授業であった。

講義は立教の学生にもわかりやすいものだったと記憶している。

当時の講義録(ノート)を製本して保管しているので、

この機会にもう一度読んでみようと思う。


一度、講義の後に池袋駅までご一緒したことがあって、

途中の立教通りに開店した中華料理屋を私が「味が薄い」と

評したところ、先生は

「その味が本当の中華なのかもしれない」

とおっしゃられた。

食べ物にも俗人とは違う基準をお持ちなのだ、と驚いたことを

記憶している。

飄々とした魅力的なお人柄であった。


衷心よりお悔やみ申し上げたい。

(2016.2.16)


草苑保育専門学校 2016年1月25日説教(下)

私が卒業した立教は英語でSaint Paul'sとも言い、創立時に

パウロの名をいただいた学校です。

今日1月25日を「使徒聖パウロ回心日」として大切な祝日とし、

記念の礼拝を行います。



実は8年前に亡くなった私の父は、クリスチャンネームをパウロと

いいました。父はもともと信者ではなく、43歳の時にキリスト教に

入信したのです。

私も含め家族もそれに従いました。私が11歳の時のことです。

洗礼式に立ち会ってくれた教父母は、父にパウロという名前を

つけました。キリスト教に反対していたパウロが回心して

クリスチャンになったことにならって人生を歩んで欲しいという

願いが込められた名前だったのでしょう。


その後、商売の忙しさに追われて教会にもずっとご無沙汰の父

でしたが、多くの病を得て認知症となり、介護老人施設に入って

83歳で亡くなる前には牧師さんに来ていただきました。

耳元で牧師さんからお祈りしていただき、何かを聞いたあと、

それこそ眠るように安らかに天国に召されたのです。

そこに立ち会った私たち家族は、不思議なことがあるものだなあ

…これが奇跡なのか…と語り合いました。

人生の最期の時にクリスチャンで良かったなあ、と40年前に

洗礼を受けた父の決心は間違っていなかったことを確信しました。


お祈りしましょう。

天の父なる全能の神さま、キリスト教を迫害していたパウロが

回心してイエスさまの教えを世界中に広める働きをしたことを

覚え、わたしたちも、あなたの正しい道を知り、子どもたちの

ために働ける保育者になるためにますます学んでゆくことが

できますように、また今もなお、病いや苦しみの内にある人びと

を覚え、主にあって平安が与えられますように。

このささやかな祈りを主イエス・キリストによってお願い

いたします。アーメン

(2016.1.29)

山中湖から見た夏の富士山
〈山中湖から見た夏の富士山 2015.6撮影〉