草苑保育専門学校 2016年1月25日説教(上)
父と子と聖霊の御名によって アーメン
今読んだ新約聖書使徒言行録9章には有名な「サウロの回心」
について書かれています。今日はこのことについてお話しします。
使徒言行録は、福音書を書いたルカがイエス=キリストの死と
復活の後、使徒たちの伝道について書き記したものです。
その中にパウロの活躍が詳しく書かれています。
サウロ(後のパウロ)は、紀元1世紀初期小アジアキリキア州の
タルソスという町に生まれました。今のトルコ国内です。
サウロの家は厳格なファリサイ派のユダヤ人家庭でした。
ローマの市民権を持ち、比較的恵まれた生活をしていたようです。
長じてエルサレムでユダヤ教の高名な学者のもとで学び、
キリストの弟子たちを迫害する立場で活動していました。
12弟子のひとり、ステファノが殺害された時それに賛成して
いたと8章に書かれています。
サウロはダマスコに向かおうとしていた旅の途中で突然、天から
の強烈な光を受けて倒れると同時に、イエス=キリストの声を
聞きます。
「サウル、サウル、なぜ私を迫害するのか」
「私はあなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。
そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる」
サウロは3日間、目が見えませんでした。ダマスコでアナニア
というキリスト教徒が神のお告げによりサウロのために祈ると、
たちまちサウロの目から鱗のようなものが落ちて、再び目が
見えるようになりました。皆さんも知っている「目からウロコ」
という言葉は、これが語源となって伝わったものです。
パウロは心を改めて出直したのではなく、悔い改めて神の正しい
信仰へ心を向けました。
キリスト教徒となったサウロはパウロと呼ばれるようになり、
神のみ心によりローマ帝国内で3度の伝道旅行に出かけて、ユダ
ヤ人だけではなく、異邦人にもイエス=キリストの教えを伝え、
キリスト教を世界宗教に広めるための大きな役割を果たしたので
した。
(巻末 聖書地図 第7-9図)
(続く)

〈冬の富士 2015年1月17日撮影〉
父と子と聖霊の御名によって アーメン
今読んだ新約聖書使徒言行録9章には有名な「サウロの回心」
について書かれています。今日はこのことについてお話しします。
使徒言行録は、福音書を書いたルカがイエス=キリストの死と
復活の後、使徒たちの伝道について書き記したものです。
その中にパウロの活躍が詳しく書かれています。
サウロ(後のパウロ)は、紀元1世紀初期小アジアキリキア州の
タルソスという町に生まれました。今のトルコ国内です。
サウロの家は厳格なファリサイ派のユダヤ人家庭でした。
ローマの市民権を持ち、比較的恵まれた生活をしていたようです。
長じてエルサレムでユダヤ教の高名な学者のもとで学び、
キリストの弟子たちを迫害する立場で活動していました。
12弟子のひとり、ステファノが殺害された時それに賛成して
いたと8章に書かれています。
サウロはダマスコに向かおうとしていた旅の途中で突然、天から
の強烈な光を受けて倒れると同時に、イエス=キリストの声を
聞きます。
「サウル、サウル、なぜ私を迫害するのか」
「私はあなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。
そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる」
サウロは3日間、目が見えませんでした。ダマスコでアナニア
というキリスト教徒が神のお告げによりサウロのために祈ると、
たちまちサウロの目から鱗のようなものが落ちて、再び目が
見えるようになりました。皆さんも知っている「目からウロコ」
という言葉は、これが語源となって伝わったものです。
パウロは心を改めて出直したのではなく、悔い改めて神の正しい
信仰へ心を向けました。
キリスト教徒となったサウロはパウロと呼ばれるようになり、
神のみ心によりローマ帝国内で3度の伝道旅行に出かけて、ユダ
ヤ人だけではなく、異邦人にもイエス=キリストの教えを伝え、
キリスト教を世界宗教に広めるための大きな役割を果たしたので
した。
(巻末 聖書地図 第7-9図)
(続く)

〈冬の富士 2015年1月17日撮影〉






