「6月5日の今日~明治150年の今年・足跡を辿る」 ②
同①のつづきから
新選組局長・近藤勇が奥へ通る声で
「主人はおるか、ご用あらためでござる」
・・・・・・こういうのを胴間声というのだろう。土間に響き渡った。気配を窺うように静寂がよぎる。
勇は八方に目を配り浪士の巣窟へ踏み上ろうとすると、亭主の惣兵衛が階段のところへ駆けつけてきて、急ぎ大声で階上に向かって
「みなさまお調べでございます」「みなさま……」
「どけっ」と勇が亭主の頭を拳固で殴り飛ばした。亭主は気を失った。
近藤勇は左腰に手を掛けドップラー効果で音よりも速く階段を駆け上がった。後からダッダッと音がついてきた。
志士の北添佶磨が「おう、桂ぁ来たか」と奥座敷の襖を開けて階段の手すりまで出てきた。
素っ頓狂な声音で北添佶磨が
「ち、違う、桂さんじゃない」顔色が変わる。
「み、みぶろ……」中の同志に異変を知らせようと向き直る。
その刹那、近藤勇の名刀・虎徹が一閃、北添を薙いだ。
「うぐっ」 北添の脇腹から血飛沫が挙がり階段を転げ落ちる。 (この段、'82映画「蒲田行進曲」階段落ち。参照)
二階の裏座敷八畳の間には長州などの志士二十数名が車座になって論議していたが、外からの同志の悲鳴で一瞬緊張に包まれ、刀を執り互いに眼と目を合わせ覚悟を決めたようだ。
階段の上に立った近藤勇は座敷内に素早く目を走らせ、仁王の如き形相で
「新選組である。無礼は許さんぞ」と一喝し睨みつけた。続けて沖田総司が立つ。
蛇に睨まれた蛙のように志士たちの腰が砕け、抜刀した剣を担いだままばらばらと数人がこけら葺きの屋根から飛び降り落つる者、そして中庭を逃げ回る者……。
志士たちが階下に預けた槍や鉄砲が見つからない。 総司が目ざとく見つけて隠しておいたようだ。
二階裏座敷には近藤勇と沖田総司、表座敷階下には永倉新八、藤堂平助が逃げ向かって来る志士たちを待ち構えていた。
それでも必死になって逃げようとする志士がいる。そうはさせじと永倉が追うし、表口には槍術の谷三十郎、原田左之助の両人が槍をしごいて待ち構えていたので観念して引き返して斬り結ぶ道を選んだ志士。
二階八畳の奥座敷付近では沖田と近藤勇が背を合わせ二人を囲んだ志士と対峙している。
隣部屋の四畳半から出てきた志士に囲まれた。
近藤の顔半分は北添の返り血に染まって不気味だ。その間にも隙を見て屋根伝いに逃げる者あり。
近藤はその者らを追いように見せてわざと隙をつくり、敵に斬りこませようとする。
「せからしか。ぬしゃ、あほ犬ったい。これでも喰らわんかぁ」 宮部鼎三が上段にかぶって近藤勇に撃ちかかってくる。が、止まった。
「⁈」
天井に刃が食い込んでいる。焦る宮部。抜けない。 やむなく脇差に手を伸ばそうとする。
すかさず虎徹が吼える。天然理心流の鋭い突きが食い込む。
酒臭い血の匂いが噴き出すのが灯明かりに浮かぶ。
殺気が奔る。目が血走る。
襖の方から逃げようとした志士と沖田が二、三合斬り合って剣捌きの速さについて行けずお小手を打たれ右袈裟がけに斬り下ろされた。これは誰だったろう、吉田稔麿だったか。
突然、沖田総司が血にまみれた。
「どうした。やられたのか」
「うう、ゴボッ」
ゴボッ、ゴボッ
~~~~~~~~~回想シーン~~~~~~~~
「沖田は~ん」
「総司はん、居てはりますの?」
此処は壬生の屯所からそう遠くない沖田総司のB.O.Q.(独身幹部用借家)
沖田起きて←(ここは韻を踏んで♪)
「ゴボッ、お、お徳さん……」
「お薬取りに来はらしまへんよって持ってきましたえ」
「そりゃ、かたじけない」
「お加減、どうどす?」
「ああ、大丈夫だ」
「無理したらあきまへんえ。順庵先生も言うてはりましたやろ。精のつくもんたんと食べなあかんて」
「ああ、雑炊食った」
「まあ、そんなもんでよう人斬り包丁振り回せはりまんなぁ」
「おいおい、徳さん。いや鯉は買うて来てあるのだが……」
「よろしおま。きょうはわてが、総司はんの一日女房になってあげます。……えっキャッ」
「莫迦、自分で言って顔を赤らめる奴があるか。こっちまで照れる」
「京味噌と京葱、ありますなぁ。え、旦那はん、あ……ええ響きやわ。なぁ旦はん、」(独りで悦に入って)
「何やうるさい。あれっ、うつってもうた」
けったいな京言葉遣いよって他愛もなく笑い合う二人。笑う門に福来たる。一刻幸せを感じ合うた総司と医者の娘お徳であるが、この後の事を想像すると緊張して来る。
お徳は、あかん、このままやったら互いに妙なことになると感じたのか、キッと襟を正してわざと声を落として
「旦はん、こっちの包丁はあんまし手入れされておへんようどすな」
「おいおい、徳ちゃん。……まるで姉のみつみたいだ」
「こりゃあきまへん。わて、女房やのうて、姉上どのになりましたんかー。うふふふ」(……あんさんはシスコンか?)
二人目が合って屈託なく笑う。青春真っ只中だ。そうやって戯れながら鯉こくが恋の刻へと煮込まれていく。
「それでは、お徳さんの鯉こくいただきます」
「お口に合いますやら」
「う、あっつうううまいっ」
「なんですの?それ。お武家さまがはしたのうございますよって」
「徳さんの鯉こくは掛け値なしに私の口に合うてござる」
「まあ、おおきに。おほほほ」
食べながら
「最初、順庵先生んとこに来はった時、何や、わての事ジーと見てはりましたなぁ」
「そうだったかな」
「何やこう子どもがなんか物欲しそうに……いや、あんまり上手う言えんけど……」
「・・・・・・」
「それで何とかしてこの子助けてあげなならん思うて」
「おいおい、この子はないだろう」
「そや、かんにんえ。そやかて子どものように不器用そうやったさかい。ふふふ」
「・・・・・・」
「これでも不器用か」 沖田、お徳の白魚のような小さな手をとる。
お徳、目が真剣になる。
二人互いに見つめ合う。泪が滲んでくる。
いじらしく瞼を閉じてお徳の方から口を差し出す。
「いかん、労咳がうつる」
「かましまへん、沖田はんの労咳やったらなんぼかてうつして。それで総司はん、
ようなって(懇願するように)」
総司もお徳がいとおしくなって抱き寄せた。
夢中でお徳の口を吸うた。
「お前と一緒に死ねるのなら……」
ふたりはむさぼりあうようにぎこちなく互いの剥き身を求め合う。
「柔らかい。こんなにやわいものなのか、女は」
「恋をする女はこうなりますのんえ。ああ沖田はん……もう言葉はよろし・・・おま」
白い柔肌の裸体に吸い寄せられるように溶けていき、どこまでも深い快楽の海に溺れていった。
そうして鯉こくだか恋刻だか甘い一刻が過ぎて、まだ余韻が残る気だるい昼下がり。
据え膳食わぬは武士の恥 ならぬちゃーんと残さず戴き
ご馳走様でした
こうやってしっかり精を付けたつもりだが、総司の労咳は相変わらず、いや寧ろ……。
ゴボゴボ……
背中をさする細い手。
~~~~~~回想シーン解除~~~~~~~~~~~~~
ゴボゴボ……
背中をさする太い手。
近藤 「総司、ここはいい。階下にいって休んでろ」
近藤は首を回して「おい、とうどおー」
・・・・・・返事がせん。
階下でも敵味方入り乱れて力戦奮闘中だった。屋根から飛び降りた者が必死で闇雲に白刃を振り回す。剣技を繰り出しているつもりなのだろうが、昼間ではない。腰も定まっていない。なにより動揺混乱が激しい。
表口へ逃げ出そうとする敵を待ち構えた谷の槍先が素早く田楽刺し。
縁側から慌てて雪隠に逃げ込もうとする敵を見つけた永倉が、後ろから矢声とともに斬りつけて倒した。
不意に物陰から飛び出た敵に隙を突かれた北辰一刀流の藤堂平介が、敵の剣切っ先をくらって鉢巻ごと眉間を割られ流れる血で前が見えなくなり首を振って難儀をしていた。
そこへ永倉が助太刀に入った。藤堂に向かおうとする敵の横から「お小手っ」と右小手をうったが、この敵なかなかやると見えて、「そうはいかぬ」と右半身に引いて受け流し、今度は永倉に斬ってかかる。
こやつは目録以上だな。互いに睨みあい隙を探る。
隊士の安藤が敵に囲まれてやられた。奥澤も逃げる志士を追ったが埋伏で深手を負った。
敵の切っ先がススッと永倉の胸の辺りに入って来る。チャッシャリッ音がする。火花が散る。
着衣が斬られてひらひらしている。鎖襦袢を着こんでいなければやられていただろう。寒気がよぎる分だけ闘志が漲る。「それそれっ」、次々にお小手、お胴、お突き、と入れたが敵もさる者、悉く躱し、「ヤッ」と一声、小手を打って来たので、ひきはがし、仰け反って得意の「お面」をここで試みた。
それが功を制し、敵は見事に左頬から首へかけて斬り下げられ血煙立てて崩れ落ちた。
が、相手の骨にあたったか刀が真ん中からポキッと折れてしまった。
それで仕方なく土間に落ちていた敵の剣だろうがそれを拾って代わりに闘った。
しかし何だかべとべと、ごつごつする。行灯に照らして見ると、指が斬りおとされていた。そんなことに構ってはおれん。向こうさんも必死だ。
そうこうするうちに祇園方面、四国屋が空振りだったので土方隊が池田屋に駆け付けてその周囲を囲んだ。
手が空いた原田、井上、武田が中の応援に入って来たのでいつの間にか敵は見えなくなった。
二階を家探ししていると、天井がミシッと音がするので「ん、猫かな?」と言って、「にゃーお」と言ってみた。
すると天井からも「ミャー、ミャー」と聞こえる。
いや、ネズミかも、と「ちゅーちゅー」と言ったら天井でも「チュー」と言う。
「それっ、ネズミ、見つけたぞ、そこを動くな!」と井上が得意の槍を天井に突き入れネズミを刺し殺してしまう有様。
やがて厠から庭囲いと家探しをはじめると、ぞろぞろ八名の志士が武器を捨てて出てきたので捕縛した。
表口から五人ほど逃げ出したがいずれも取り囲んだ会津、桑名の手で捕殺された。
結局、八人の志士を討ちとり、二十三人を捕縛した。
こうしてこの日のネズミ獲りは志士の巣窟を血の海と化してしまったが、京の町を火の海とはせず、居並ぶ高張提灯の列は、詰めかけた京の町衆方の火照った興奮と憧憬の熱気を添え加えてか、灯明かりも一層燃え上がるような輝きを増していた。
その視線の先には、壬生浪(みぶろ)いや、もとい、会津候お預かりの新選組が力強い足取りの二列縦隊で引き上げる勇ましい晴れ姿があった。
ん。手に折れ曲がった刀をなんとか鞘に収めようとしているのは沖田総司、か。多少アガッているのか照れ笑い。
沿道ではその隊列に手を合わせたり、目を潤ませる者、手拭を手に落つる涙をしきりに拭いている者。などでいつまでも見送っている町衆の姿があった。。
この噂は朝廷、京の町々にとどまらず全国津々浦々にまで鳴り響いた。
後日、朝廷より感謝とねぎらいの慰労金百両が、そして会津候からも控えめに五十両が新選組に下賜された。
幕府からは会津藩に預けていた新選組費用から褒賞金を与えるようにと夫々に十五両から三十両が手当された。
尚、近藤勇らは幕府より旗本の士分を与えられ、晴れて幕府旗本となった。
多摩の農家三男出という、これまでの出自の負い目をここに払拭したのであった。
(やっと本物の武士になった……)
そして、その噂も京の町々にとどまらず全国津々浦々にまで鳴り響いた。無論、長州萩の指月城内にも……。
< 新選組の巻・完 >
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