かつてのN.Yブロードウェイ戯曲であり、当時各都市の演劇集団たちが好んで演じたソーントン・ワイルダーの「わが町」は架空の町が舞台であったが、此処“わが町”大泉学園は現実(いま)に、そして今後も存在する。

 “銀河鉄道999”もある西武池袋線の大泉学園駅を出ると懐かしのアニメ像たちが出迎えてくれる。

あしたのジョー」や虎柄水着がセクスィーな「うる星やつら」のラムちゃんなど。

ここ大泉学園は東映アニメーションや撮影所、映画館の町でも有名だが、住環境がいいのかスーパーやコンビニも多い。

駅にはスタバやドトール、いやタリーズもまけてはいられない。

食べ物屋は勿論、スポーツジムや塾だって、幼稚園だってちゃあ~んとあるし、撮影所の町という事もあってか、多いのが美容室サロンである。まさにオシャレなHot Townなのである。

 

 そういった文化生活面の充実の一方、自然環境も他の区に較べて格段にいい。

緑被率が全区内の24%ということからも健康長寿の平均寿命が高いし、子どもたちが多いこともあって区の条例で受動喫煙させないよう区民たちが気配りもしている。

 

写実派の巨匠レンブラントの絵画「夜警」のなかで生きている当時の住民たちからも「わが町」という熱い連帯意識が今に伝わってくるように。

 

 そんななか12月8日(土)、あの「TOKYOウオーク2018」が練馬・光が丘にやってくる。

コースは光が丘公園~としまえん~哲学堂公園~石神井公園~東映通り~谷原など。

みなさん、奮って参加し、存分に練馬の緑の風を思いっ切り吸ってより一層健康を共有してください。

 

 さて、それ(4,500人定員)とはまた一味違ったオーダーメイドの(参加者に合わせた)「名跡めぐり健康ウォーク」を現在企画中です。

それは、大泉学園駅アニメゲートを出発して~夏目漱石「草枕」のヒロイン那美のモデル前田卓(ツナ)の平林寺に行く途中、旧将校住宅~小泉牧場~藤沢周平の「冬の散歩道」コースを通り、野火止の歴史など健康と知識の温故知新、名付けて「文武両道❤ハッピーライフ」路線である。

 

この時期見逃せないのが紅葉の平林寺、栗拾いも、紅葉狩りも、天高く馬肥ゆる秋を楽しもうではないか!というリーズナブルな企画です。

 

 内容の一部をご紹介すると、こうである。……神々しく時空の旅人になった気分で。

 

 

 

 

~妙福寺門前あたりから白子川を渡り、広い道を東に進むと区立大泉小の前に出る。その隣接地が北野神社である。

 この一帯を旧地名では大泉村大字上土支田字中邑(むら)といった。

明治7(1874)年の社格制定にあたって、北野神社は大泉村の村社となる。

祭神は菅原道真、相殿は稲蒼魂命(うがのみたまのみこと)。 

 

日本には八百万(やおよろず)の神がすんでいる、と言われています。

仲良くしておけばいいことがあるでしょう。

 

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 この稲蒼魂命(うがのみたまのみこと)は女神で夫は大年神(おおとしのかみ)。

父は建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)。

母は神大市比売(かむおおいちひめ)である。

 

また、日本書紀では倉稲魂命(うかのみたまのみこと)となっており、いずれも穀物の女神でもある。

また北野神社は積徳豊心の扁額が懸かっており、豊穣の神を奉祀している氏神様でもある。

 

 ちなみに北野神社にご参拝されると御上りならば左側、お下りならば右側にお稲荷様のお社が鎮座ましますのをご記憶にあるかと存じますが、ここで稲荷社との関係も少し触れておかねばなりますまい。

 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)伏見稲荷大社の主祭神であり、各地の稲荷神としても広く信仰されています。ただし、稲荷主神としてウカノミタマの名前が文献に登場するのは室町時代以降のことであるからそんなに古くはない。

 伊勢神宮ではそれより早くから御倉神(みくらのかみ)として祀られたことが確認されている。

それらからその頃神同士がなんらかの交流があったものとみられる。

 

 さて、話を北野神社に戻そう。この神社の由来については『新編武蔵風土記稿』に「三十番神」とあって「村ノ鎮守ナリ妙延寺持」との記載があるが、建立成り立ちについては不詳である。

 ただ、古くから「番神さま」と呼ばれ村民から親しまれていた神社であったようでもある。

それも当初は郷民、加藤加右衛門の祖先が家のそばに花を供えて祀り、やがて周囲はその子孫を「宮脇」といって代々神社を管理する家柄として崇め、毎年5月と9月の祭礼には氏子が「宮脇」の家に集まり食事を共にする慣習を大切にしたと云う。宮の脇に。

 

 宝永2(1705)年の文書などにもこの事が出ており、またほかに、「明暦三酉年(1657)其元地内ゑ建立為致候由……」とあることなどから、江戸時代の初期からこの北野神社はあったと考えられる。 ~(参考文献「練馬区史跡散歩」江幡潤)

 

 

 今では毎年十月になると、無邪気な掛け声で高らかに「わっしょい、わっしょい!」と子ども神輿(みこし)が町並みを神幸し(練り歩い)ていく地域一帯お浄めのありがたい風習があります。

神輿を担ぎながら子どもらが、めいっぱい張り上げる黄色い声に、一歩、そしてまた一歩と、成長していく力強い足取りに練馬区の頼もしい将来、未来を感じられるでことしょう。

 子ども神輿が神幸してくると、家の中にいてもウキウキとした晴れやかな気分で迎え、通り過ぎたあとも清々しい新鮮な空気が辺り一帯に満ち溢れています。

 

 そういうありがたい子ども神輿を毎年繰り出している、この北野神社は伊勢神宮や太宰府天満宮などとも繋がりが深いということをここの杉本宮司さんは仰っておられた。

 

 

 英語にもくしゃみをした相手に気遣う言葉 "God bless you"(神の祝福を)というおまじないがあるが、どこの国民でも神を敬うし、困ったときの神頼みもある。

それが人間の人間たるゆえんである。トランプもそうであってほしいが。

 

 

 さて、それでは次、行きます。

先ずは旧将校住宅から。

大泉学園駅から北へ、大泉スワロー体育クラブの東側辺りに区画整理された住宅地一帯が見られる。ここは、昭和15年、市ヶ谷から朝霞に移転した陸軍予科士官学校の将校用住宅として開発され、現在では大泉住宅共栄会として、東西南北まっすぐ街路が延び整った街並で歴史を感じさせる佇まいです。

北側の北豊島橋から旧将校住宅の入口を望むと道路幅はあるが一直線には抜けられません。

北風や治安、騒音環境に配慮した当時の都市計画の一部が窺えます。

 

 また当時のことをよくご存知の方に伺った話では、「その将校住宅から毎朝、朝霞練兵場に向かわれる軍馬にまたがった将校のいでたちは軍服、軍帽、軍刀、磨き上げられた長靴を身に付け、馬のくつわを従卒が執り、背筋を伸ばして往復する姿にしばし緊張感を覚えたもんでした」と。

 

 

 多分に作家・藤沢周平さんは師範学校卒からなのか、氏の文章からもうかがわれるように、その当時の武蔵野の風土が、故郷・庄内の匂いと人間の営みとどこか似ていたのでしょう。

 

 

藤沢周平さんは大泉学園の自宅から大泉学園駅まで歩いて20~30分かけて、駅まで散歩するのが日課のようになっていました。

時には途中、バス通りの喫茶店に立ち寄ったり、公園で一休みしたりと。

 

その周平さんの「冬の散歩道」というエッセイの資料が、近くの大泉図書館に展示されていますが、多分その時々の作品の推敲を、また無意識に健康や脳の活性化の為、足をポンプにして歩き、体内に血液を循環させ血管や細胞をリフレッシュさせていたのではないでしょうか。

あるいは単に気分転換の時もあったのでしょう。

その時の気持ちを考察する資料はこれでしょう。

 

 

「冬の散歩道」というその一部をご紹介しましょう。

 

 

「 冬の散歩道

雨さえ降らなければ、なるべく朝の間に散歩に出る。

私はゴルフもやらずジョギングも出来ず、たいていは机の前に座って何か書くか本を読むか、またはテープの音楽を聴くかしているので、一日三十分ほどのその散歩が唯一の運動ということになる。

町内を抜けて中学校の横の道をまっすぐ南に歩いて行くと、やがて小公園に着く。

雑木林と広場にほんの少し子どものための遊具があるだけの公園で、林の中身はクヌギ、ナラ、マツ……」 (「婦人と暮し」昭和61年5月号~)

 

 

藤沢周平記念館①

 

藤沢周平文学を語る上では踏襲せずには進めない現実である。

 

 

 

 

また、ペットや動物など癒し系には、途中に「小泉牧場」もある。

乗ることはできないが見ているだけでも癒されるだろうし、その牛さんから搾ったアイスクリームも販売している。

23区内で唯一の牧場という希少価値がある。

 

 

新座市、平林寺のある野火止は、武蔵野丘陵つまり関東ローム層で江戸初期は水耕に適さず水の便が悪かった。

そこで当時の政治家、大河内松平家の江戸初期第五代川越藩主でもあり、また幼少より抜きんでた才覚を発揮し第三代将軍徳川家光、同四代将軍家綱に仕えその先見の明は「知恵伊豆に聞け」といわれるほど重宝がられもした知恵伊豆こと老中・松平伊豆守信綱は、その政治力をいかんなく発揮し、領地水田開発の灌漑用水として、なんと遠く多摩川から玉川上水~野火止上水を引いてきて経済効果をもたらした実績もある。

 

稲舟①

 

その平林寺にはヒロイン那美のモデル「前田卓(ツナ)」のお墓もある。

 

そう、あの一節が甦る。「草枕」から

 

「山路を登りながら、こう考えた。

智にはたらけば角が立つ

情にさおさせば流される

意地を通せば窮屈だ

とかくに人の世は住みにくい~」

 

 

モデルとなった前田卓さんも先駆的な生き方をされていたのだろう。今でいう天然自然(ナチュラル)な翔んでいるモデルか女優のように漱石には感じられたに違いない。

然し、そのような特別稀有な女性であろうと、やがては土に還ると思うとなぜかせつない気がする。

諸行無常とは……あゝ無情なり。 生きている今を思いっきり活きろということか。

 

その「生きる」ための一歩がウォーキングである。人間は二本の足を交互に動かして前に進むのである。知能と体力のバランスをとることが大事ではなかろうか。

 

そういう意味で今回初心者でも楽しみながらウォーキングできる企画を練ってみたが、条件が重なれば、つまり気象条件や紅葉の見ごろ時にタイミングが合えば、心身ともに健康リフレッシュできる想い出深い「平成紅葉イベント」となるでしょう。

 

Let's enjoy "Walk Life Balance".

 

 

 

 

(文中写真はイメージとして圧縮活用)