桃の節句・雛祭り <前半>

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33日は一般的に「ひな祭」。耳の日、それに金魚の日?となっている。

(ん?金魚の日は10月10日じゃないのか?totoの日?)

 

 

また年表を繰ってみれば「日米和親条約締結」(嘉永733日)となっている。

 これが国内内戦の火種のひとつで日本は外洋に大きく舵を切る発端ともなった。 

 

金魚鉢の中の金魚は、自分たちでは金魚鉢を掃除できない。

金魚の日というのは桃の節句に雛人形と共に女の子たちが祓い清め(浄化)供養した魚籃坂にある魚籃観音様からも来ているようだ。

金魚(和金)は雪が降っても冬眠しない。鯉も同じでゆったり遊泳しているだけである。運動不足からか多少肥満気味で気怠い重たさもあるが……。

 

 

 

万延元年三月三日、ここ江戸は千代田城を囲むお濠を除いて辺り一面も綿帽子を被せた箱庭のように白く覆われていた。

堀向かいの井伊掃部頭屋敷も例外ではない。が、中からは華やかな空気が漂っていた。

井伊橘の家紋が打ってある雛人形が壇上に並んでいる。一番上の内裏様はやや首を傾げている。

朝からお女中たちが火鉢に炭を入れ、その温まった部屋から無邪気な童女の歌声が聞こえる。

 

「あかりをつけましょ~♪ぼんぼりにぃ~……」

その声に誘われたか足音が止まり廊下の障子を開けて

「おお、やっとるのぉ、ひな祭り。楽しそうじゃのぉ」

稚児がふり向いて、目が輝く

「ああ、お爺上さま、今日は雪が降って寒うございます。あったかい甘酒でもお召し上がれ」

相好を崩して

「あははは、儂はこれから城に上がって節句の祝い事を述べなきゃならん。お前はお雛様で遊んでおれ」

童女は俯き加減に曇った声で

「でも、お内裏様の首が……。(気を取り直して)いえ、お爺上様いってらっしゃいませ」

空咳を一つして障子を閉めながら

「ん。甘酒か、帰ってから貰おうかの」

 

 

 

一方そこからそう遠くない、距離で言えば半里、歩けば小半時の小高い愛宕山の階段を登ったところに愛宕神社がある。

舞うように降りしきる雪の中、各々の吐く息が一尺近く白く伸びて空気に混ざる。

めいめい袴の腿立ちを取って、鉢巻、襷をかける、刀の目釘を認める、そうやってそれぞれ自らに気合を入れ、かねてからの打合せ通りか18人の一行は無言で階段を下り彼ら一門の鬼門を除きに丑寅(北東)の方角に向かう。

 

 

 

この日33日は昨夜来からの江戸城下を覆い尽くすような、とめどなく降り続く雪景色となり、白一色の上空から音もなく無数の雪片が堀端の水面に白く浮かんでは沈んでいく。果てしない無常さに堀中の鯉もいつもより動きが鈍く目も虚ろに見える。 

そんな子(ね北)の方角より六十名ほどの家士を従えて中ほどに井伊橘の定紋が見える大名籠を護衛する一団が、往還を埋めてしずしずと進んでくる。

その先頭の家士たちは左右に素早く鋭い目を配る。澤村軍六か。雪で視界が悪い。

井伊掃部頭屋敷から桜田門まで数百米と近い。

 

「将軍後嗣問題」では水戸斉昭の実子一橋慶喜を退けて紀州尾張藩の家茂を将軍に就け、「安政の大獄」で主だったものを粛清した今はやや気の緩みがあるのか「治に在って乱を忘れず」の戒めを怠ったか、或いは雪だからか、まさか雛祭りだからでもあるまいが往還に見張りの衛士は就けていない。

今日は三月三日、上巳(桃)の節句なので慣例ながら大老として殿や御台所に賀詞を述べに行く大役がある。

その大役を担って駕籠の中から何やら賀詞の練習なのか独り言が聞こえる。

 

「将軍跡継ぎでは水戸の斉昭めが,奴の倅一橋慶喜を将軍に就けんがために懇意にしてる孝明天皇を煽って、なにぃ不平等条約だ、尊皇攘夷だ、などと我等幕府を悪者に仕立てやがって……。

ま、お蔭で不穏分子は大方粛清できたし、将軍位は紀州家の家茂に就かせたが、今度は外様大名連中が儂ら譜代に取って代わろうと画策しておる。こりゃどうにかせんといかんな」

黒塗りの籠の中で独り気を吐いて呟いていた。

駕籠はゆっくり桜田門に近づいてくる。駕籠を囲む六十人の家士はみな無口、無表情だ。

 

 

一方その一団に釘づけされたか先ほどの愛宕神社にいた少数の襲撃者の群れが物陰から半身で髷や眉毛や息を白く濡らして後続に伝える。

「来るぞ。ざっと五、六十人か。十間先だ」押し殺した声にも殺気が漂う。

その反対側の一団では気配を察したか、先頭の家士が素早く左手で鯉口を切り、右手を広げ後続を制した。

後続の家士が何事かとどよめく。

一瞬緊張いや殺気が辺り一面に漲る。と思う間もなく隠れていた襲撃者の一隊がここぞとばかり躍り出る。

「その駕籠待てえ!」「井伊掃部かもん出て来い!覚悟!」「それっ続けえー!」雄叫びを上げてみんな飛び出していく。

飛び出しては各々剣を抜いてそれぞれの目標に斬りかかって行く。勢い余って滑る者もいる。雪駄を脱ぎ棄て裸足になる者まちまちである。

 

 

駕籠を囲むように井伊家の家士たちは一瞬大風に襲われたように背筋に寒気が奔り、歯が鳴った。

緊張の中から強面の者が目を光らせ「くせもの!」とたしなめるように雄叫びを上げ、「油断するな!」と注意を促すや駕籠を中心に円を縮める。

そして駕籠を庇(かば)うように予め訓練されていたのであろう、すすっと駕籠ごと後ずさりしていく。

しかし邸内に戻るには難儀だ。重い駕籠は雪に足を取られ滑る。駕籠かきの中間奴が転んだ。「ええい」家士が怒鳴り「だれか」と切迫した甲高い声で代わりの者を呼ぶ。一瞬円刃がばらけた。

その間に飛び出した襲撃隊の廣木松之助、大関和七郎、有村次左衛門らが駕籠に殺到する。

駕籠の前に立ちはだかるのは井伊家の逞馬・水谷求馬。上段の構えで威嚇する。すすっと左右に足を送り上体を回し睨みを利かす。

こういう時に槍でもあれば有利だが、平時の槍持ちも定法で制限がある。

 

さて、こうなると団体戦だ。60対18だから3人で1人にかかればいいという数にまさる方が有利ではあるがどうも雪が少数に味方したか積もり積もった積年の士気の質が量にまさったようだ。

均衡を破ったのは襲撃隊の方である。時間が経てば襲った方が不利。ここでなんとかせねばと睨みあいから一撃必殺の示現流「チェストー」は元薩摩藩士・有村次左衛門で井伊の下士吉田太郎を右袈裟懸けに斬り下ろす。

白い往還に紅い鮮血が飛び散る。「ぎえー」。倒れ掛かってきた吉田の上体を蹴倒し、返り血を浴びた有村の目玉は周囲を厳つく見回した。凄惨な修羅場と化していた。

それを見て腰が引けたか井伊家士の中には、通報に、とその場を後にする者が出てきた。ばらけた。刻一刻と大名駕籠も雪で白く覆われ、寒さか恐怖か歯が鳴っている者もいる。

斬り合いになって腕から出血している者、足を撃たれ転倒する者。髻が千切れざんばら髪。血だらけで倒れている者。阿鼻叫喚の戦場と化した桜田門の外。

 

駕籠の反対側から薩藩の有村あたりが青眼に構えたまま首だけを回して「いけえ、竦(ひる)むな、かかれぇ!」と怒鳴っている。

襲撃隊も意を決したか駕籠に立ちはだかる井伊の家士・水谷求馬にどっと数人で斬りかかって行った。いや突きに行った者もいる。そうなっては水谷も手はない。二本しか。三本は横に外したものの駕籠から離れるわけにはいかない。四本は皮膚に、五本が肉に鈍く食い込みさらに体重を乗せた突きが重なる。「くっ」水谷の形相はまるで仁王だ。

やがて流石の水谷も針千本では立っていられず思わず膝をついた。しかし水谷は気丈に起き上がりふらつく足でなおも駕籠を護ろうと駕籠を自らの躰で吾が子を守る母親のように覆い被せた。その顔は仏のように穏やかでもあった。

 

駕籠の反対側で井伊の家士と剣を交えていた有村が相手を蹴倒し一閃、駕籠の中に何やら叫んで刀を突き入れる。興奮してるのか寒いのか口ががたがた震えているのでよく聞こえない。

「かんぞくー諤々……て、天に代わりて誅す!」と言っているようだ。顔は返り血で斑紅、まるで悪鬼、修羅の如く何かに憑依(とりつ)かれたよう。

五、六回突き刺してようやく肉と骨の鈍い手ごたえがあったのか刀に紅い滴りが見られた。口元も顔もしたり、と。

 

 「獲ったぁ!獲ったぞぉ!」

 

  金か、いや、金ではない。幕府を象徴する首級だ。

 

それまでの戦慄や騒擾や喧騒、あらゆる物音は鳥の声さえも一切止み、辺りはしぃーんとなった。

剣を構えたまま力なく虚ろな目で振り返っている井伊家家士もいる。

口を空けた無念な表情で肩を落とし刃の折れた剣が虚しく宙を泳いでは紅白の地に墜ちた。

 

 

この日、彦根藩主であり幕府を代表する大老の井伊掃部頭直弼(44歳)は、「尊王攘夷」を掲げた政敵の水戸藩主・徳川斉昭一門と思われる水戸浪士17名及び元薩摩藩士1名によって降雪ながら白昼堂々暗殺されるという由々しき事件があった。 

定法に則り襲撃者は捕縛、切腹、斬首にされた。また連鎖、累が及ぶのを懸念してそれら襲撃者を浪士或いは脱藩元藩士として処理された。

後にこれを「桜田門外の変」と称す。

 

 

            また字数制限と相成ったので、やむなし後半へつづく