<五輪競泳>北島、二百平も「金」 2大会連続2冠達成! | 地球の日記☆マーク♪のblog☆

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連続2冠の北島、日本競泳界初の2種目連覇! 

2008年8月14日13時0分

写真男子200メートル平泳ぎ決勝、五輪新記録で100メートルに続き五輪2連覇を達成した北島康介

写真男子200メートル平泳ぎ決勝の北島康介

(14日、競泳男子200メートル平泳ぎ)


 世界一のストリームライン(流線形)が、青い水を切り裂いていく。「最高に気持ちよく泳げた」

 英スピード社製水着レーザー・レーサー(LR)は、体がまっすぐ伸びた時の泳速が従来水着より速くなる。ストローク数が誰よりも少ない北島の大きな泳ぎは、LRの特性を生かし切れる。

 LRに使われた米航空宇宙局(NASA)の避抵抗理論と、北島が追い求めてきた避抵抗技術。二つの要素が融合し、2位リカード(豪)に1秒24の差をつける五輪新記録を樹立した。

 水の抵抗だけではない。

 2冠を達成した04年アテネ五輪後、北島は残り50メートルのタイムを伸ばすため泳ぐ量を増やした。大きな国際大会にも本来の半分程度の調整で臨み、泳ぎ込みを優先させてきた。

 そこにタイムが飛躍的に伸びるLRが登場した。終盤、特に威力を発揮する。持久力の向上でも、北島の取り組みと最先端水着を生んだ科学が一つになった。

 決して科学が似合うクールな男ではない。

 つらいときは水中で叫ぶ。平井コーチに弱音を吐かなくても、厳しい練習を指示した紙は破り捨てたいと何度も思ってきた。

 泳法分析のデータを取る時も、体調が整っていないことを理由にまともに泳いだことはほとんどない。「チーム平井」の参謀役、岩原文彦・日体大助教は言う。「科学者泣かせなんです」

 それでも、理論通りの泳ぎを完成させた。4年に1度の大舞台で勝つためだけにやってきた。海外のライバルたちと競うたびに力が入り、失速した姿は消し去った。

 「誰かと戦っているわけじゃない。自分のコースを泳ぐのだから」

 孤高の王者が、自分の泳ぎを貫いた。


金○○×2スポーツ



<五輪競泳>北島、二百平も「金」 2大会連続2冠達成!

競泳男子二百メートル平泳ぎ決勝、百メートルに続き金メダルを獲得した北島=北京市の国家水泳センターで2008年8月14日、梅村直承撮影
 【北京】北京五輪は第7日の14日、当地で競泳男子二百メートル平泳ぎの決勝を行い、世界記録保持者の北島康介 (25)=日本コカ・コーラ=が、2分7秒64の五輪新記録で大会2連覇を果たした。2分7秒51の世界記録更新はならなかったが、五輪記録を0秒97上回った。北島は11日に決勝があった百メートル平泳ぎと合わせ、04年アテネ五輪に続く2種目制覇を達成。2大会連続の同一個人種目2冠は日本選手初という快挙だった。五輪通算4冠は、自己の持つ3冠を塗り替える、日本の競泳史上最多記録。今大会で日本勢が獲得した金メダルは5個になった。

【写真特集】日本のメダル特集

 レースは北島主導で推移した。序盤から伸びのある泳ぎで加速し、ターンのたびに2位以下との差を広げていった。100メートル、150メートルのラップで自己の持つ世界記録を上回った。ラスト50メートルをまとめられず、世界記録を塗り替えることはできなかったが、中盤まで食い下がっていた2位のブレントン・リカード(オーストラリア)と1秒24差もの大差を付け、五輪新でゴールした。

 北島はアテネ五輪後、05年世界選手権で無冠に終わるなど、一時低迷した。しかし、07年世界選手権の二百メートルで優勝して復活。今年6月のジャパンオープンで英スピード社製の高速水着「レーザー・レーサー」を着用して二百メートルの世界記録を樹立するなど、順調に調整を進め、北京五輪に臨んでいた。

 ◇みんなの顔見えた

 ▽北島康介の話 ホッとしている。(世界)記録は自分も期待していたが、思ったより最後が伸びなかった。(レース開始が)もう1時間遅ければ、(世界記録の)可能性があったかもしれない。来ている人の顔が、みんな見えるくらいに、レースは楽しめた。

 ◇低迷脱し再び頂点

 アテネ五輪から4年間、約1500日の時が流れた。その間に選手が肉体的、精神的コンディションを維持するには、膨大なエネルギーが要求される。北島が難なく果たしてみせた連続2冠は、まごうことなき偉業だ。

 日体大4年生だったアテネ五輪で、百メートル、二百メートルともに金メダル。頂点を極めた時点で、競技生活にピリオドを打つ選択肢もあった。だが、北島を14歳から教え続ける平井伯昌(のりまさ)コーチは、米大リーグのイチローを例に「ピークをキープして見せていくのもプロだ」と助言している。

 アテネでは、平井コーチに心残りもあった。「世界記録を出せなかった」。北京五輪へ向け、次なる目標ができた。だが、一度頂点を目指し、極限まで追い詰めた体と心は、やすやすとは思い通りにならない。抜群の集中力を発揮する一方で、「気持ちが続かないのが、自分の悪い点かもしれない」と、北島は自己分析する。

 4年という長い月日を考えると、簡単にはモチベーションが上がらなかった。翌年からの2年は、どん底を経験する。特に二百メートルで苦しんだ。05年の世界選手権は代表の座を逃し、翌年の日本選手権では4位に終わる失態。五輪の金メダリストが「表彰台にも上がれないなんて」と、屈辱をかみしめた。

 心の不調は、体にも伝染する。度重なる故障や、大会前に発熱などの体調不良が続く。平井コーチは焦りを抑えながら「こういう時期があるはずだ。待つしかない」と、自分に言い聞かせた。

 昨年に入ってようやく、持ち前のギラギラとした目が戻ってきた。低迷の時期を振り返り、北島は「遠回りもしたが、あれがあったからこそ、今がある」と言う。世界記録は逃し、「欲を持って臨んだのがいけなかった」と残念がったが、4年前とは「2個の金メダル」の重みは違った。

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(8月14日 11時08分 更新)

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