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+地底+

DMZ博物館の見学が終わり、私たちは第三トンネルの見学に向かいました。

第三トンネルは、高さと幅共に2㍍、長さは1635㍍、ソウルまではなんと44㎞までの接近した位置に掘られています。

北朝鮮が掘ったトンネルは20本あり、そのうち今まで発見されたトンネルは4本。

残りの16本は未だに見つけられていないそうです。

小さな駅のホームのような所にいくつものロッカーが置いてあり、一つずつヘルメットが置かれており、私たちは各自取り出してかぶります。

線路が敷かれていて、その上にはトロッコ。

線路は暗く狭いトンネルの中へ続いています。

後ろ向きの状態で乗り込み、ガタン と軽い衝撃と共にトロッコはゆっくり動き出しました。

前述でも書きましたように、トンネル内はとても狭く暗く、すこしでも手を伸ばすと壁でこすれそうな程です。

天井からぽたぽたと水が滴り落ちてきます。

途中、トンネルを掘る人が休憩していたというスペースや、水溜りがあります。

地下80mまで、トロッコはゆっくり進んでいきます。

そして、しばらくすると小さな降り場に着きました。

トロッコから降りると、水溜りが沢山あります。

私たちは、一列になって更に奥の横穴へ歩いていきます。

その横穴は先ほどのトンネルよりも更に狭く、縦幅が2㍍あるかないかです。

天井からはホースやパイプのようなものがぶらさがっており、さらに水が増したように思われます。

うすぐらく、足場も悪いトンネルの中をひたすら歩き続けます。

そして、10分ほど経ったでしょうか。

分厚い鉄の扉に突き当たりました。

案内をしてくれていた兵隊の方が『この扉の向こうはもう北朝鮮です。』と、流暢な日本語で説明してくださいました。

私たちは折り返し、また来た方向へ戻りトロッコに乗りました。

小さな点でしかなかった、トンネルの入り口が少しずつまた大きくなってきます。

トンネルの外に出たとき、中の空気とはまた違う空気でした。

トンネルを掘っていた人は兵隊の人ではなく韓国に亡命したい人などの方だったと聞きます。

戦争のためとはいえ、この過酷な作業はどれほどだったのでしょうか。

作業をしていた人達は、この外の景色を見ることを夢見ていたのでしょうか。

私は改めて日本が戦争を放棄したということがどれほどの人を守っているのか、日々私はそれに守られているのだということを実感したと共に、戦争をする意味はなんなのか考えさせられました。