朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -5ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

とりあえで今月は日曜日以外は休まないで書かないと、とても記憶があるうちに書けない気がする(爆)。


さて、臼杵から向かったのは、長湯温泉。



ラムネ温泉


ピラミッドみたいなのが受付とショップがあるところ。手前は美術館。


弁慶は一昨年とか昨年とかは日本一暑い伊勢崎の湯楽の里で炭酸泉に浸かるくらいしか温泉は入ってないのだけど、そのくらいぬる湯の炭酸泉は好きなのであります。



右側は家族風呂で、奥が大浴場。


大浴場には適温の内湯とサウナ、そして弁慶好みの低温の露天風呂。露天風呂にはシートの日避けが掛けてあり、直射日光を避けられました。


他の風呂に行くのは勿体無いからほとんど露天風呂で過ごしました(笑)。



その手前の飲泉所。たいへん美味しい。



ラムネ温泉には数匹の猫の従業員がいるらしいですが、この社員は箱に隠れて寝てましたよ。



こちらが美術館ですが、無料で拝見できます。地元と縁のある高田力蔵の絵画が中心ですが、川端康成の書もありました。



このような細長い空間をうまく利用しております。



お隣にあった石塔は、岡藩の殿様が参勤交代に出かけるのにあたり、旅の安全を祈願するために建立したという石塔です。ラムネ温泉に寄贈されたのだそうです。



長湯温泉 伝説のガニ湯


川で湯浴みをする若い娘に恋した大蟹がいて、どうにかその娘を嫁にしたいという願いを持った。その願いを知った僧侶が、それならば百日ありがたい鐘の音に耳を傾ければ、人に生まれ変われるだろうと伝えた。蟹は一生懸命に鐘の音を聴いたが、99日目のこと、僧侶は娘の湯浴み姿を見て横恋慕し、「あの娘はわしが嫁にもらう」と娘に向かって行ったところ、いってんにわかにかき曇り、落雷に撃たれて僧侶も蟹も死んでしまった。


嵐が終わると、河原に大蟹の形をした岩が現れ中から泡と共にお湯が沸き出したというのが、その伝説。


現在のガニ湯は、再建した物だとのこと。



入浴できる温泉だが、目の前には旅館が並んでおります。



ここが脱衣所です。



過度の露出はできません。警察を呼ばれてしまいます。ハラスメントと一緒で、その人が過度と思えば過度ってことなんでしょうから、難しいですねえ。


「いったいどうすれば入れるんじゃー!」みたいな(爆)。逮捕覚悟で入るとか(爆)。


実は水着とか着用しても良いらしいのです。だったらそう書いてあれば良いんですが、その記載はないです。



ガニ湯本舗 天風庵


天風庵は、ガニ湯の脱衣所のある橋から上に上がるとありました。歴史を感じる建物なのです。



コロナで閉館しましたが、現在は営業を再開しているようです。



これは昔のガニ湯の写真ですね。現在のガニ湯よりすこし小ぶりでしょうか。


ね。

はい、駅の反対側にきました。



野口温泉


別府温泉エリア。汲み湯がある、ミニ温泉スタンドみたいな温泉。古そうな祠も良いですね。



200円を入れてスタンプ押して、いざ入浴。



この床、手入れが行き届いているのがわかります。



しばらく入浴者が途絶えていたらしく、お湯は激アツでした。どれくらい激アツかというと、タライに半分くらい水入れて被り湯をするとちょうど良いくらいで、水をしばらく入れ続けながら被り湯をしていましたが、とても無理。足湯だけで勘弁してもらいました。


次、行きます。今度は近くです。



大和温泉


なんかブログに書きたくないんだけど、すごく雰囲気がある温泉。



振り向くとそちらに料金箱とかスタートがある。



この雰囲気をひとりで味わうのって贅沢だなと思います。



別の角度から。左に湯口がありますが、ここはコックで湯が止められるので、しばらく入浴者がいなくても熱くはなりません。



これで完全に閉鎖できます。だいたいは杭みたいな棒を湯口に刺すんだけれど、あれは完全には止まりません。


朝から四湯。まあこの辺で勘弁してやろう(いえ、勘弁してください)。



一気に臼杵に来ました。ここは臼杵石仏です。石仏は見たばかりなので、本日は



蓮池があってそちらを観にきました。



ちょっと遅かったね。



郷膳 うさ味

0972-65-3333

大分県臼杵市大字深田833-5 

https://tabelog.com/oita/A4401/A440104/44000260/


臼杵名物のたち重を頂きました。たちは太刀魚のたちです。名物に美味い物なしと言いますが、たち重は美味しかったです。


ね。

そして、また別府です。金曜日の夜、移動してホテルにチェックイン。



空腹でしたので、別府辛麺からスタート。



麺は蒟蒻麺なのでヘルシーです。ただ辛い物が好きなだけの素人なので10辛を注文いたしましたが、程よく辛かったです。



ファンクオールライトジャズカフェバー



金曜日の夜から来ても良いんじゃないかと思ったのは、このお店があるからです。


次のお客が来るまで2時間ほど、歓談し再訪を約束して帰りました。



宿泊先はホテルアーサー北浜ベイス



別府温泉名人に加入しており、スタンプも頂けます。内湯と露天あり。


地域としては別府温泉。



ホテルから路地に入るとなんだか雰囲気のある宿がありましたので、早速調査。外国人の利用が多そうですが、日本人も泊まれます。


次の目的地はホテルシーウェーブ。駅前のホテルです。



左側の新館?から入って受付をし、右側の旧館?へと内部で移動。ちょっとここ、わかりにくい😓。



こちらが浴室になります。



内湯と露天あり。共に別府湾の絵が見渡せます🤭。そうなんです。露天も工事の時に周りを囲うフェンスあるじゃないですか。あれで露天は囲われていて、そこには別府湾の絵が書いてあるんです。


こちらも温泉名人に加盟しており、別府温泉のエリア。


そこから駅の反対側へと向かった。



別府の街中にあった延命地蔵尊。右側には弘法大師ご祀られていた。通る人は誰も気にしない小さな祠だけど、松がすごく良い感じだよね。手入れもしっかりされていて大切にされている感じ。こんなふうに景色を楽しみながら、ぶらぶらと向かわないと、湯当たりしちゃう。


ね。

八坂礼拝講を諦めて立ち寄ったのは京都の旧家。



杉本家


弁慶はこちらの保存会になぜか入っております。まあ古い物好きなだけですが。



張りぼての碁盤、碁石も和紙で作られているようです。見ただけではまるでわかりません。


目的は祇園祭の最中にしつらえる、ただそれだけの物です。



井戸は9つあるそうですが、阪急電鉄の地下化で全て枯れたのだそうです。それを聞くと、地下を通る北陸新幹線の京都延伸はなんとも恐ろしく感じますね。地上を通す手はないのですかね。



奥には仏間があるそうですが、祇園祭の間は見えないようにしてあるのだそうです。



こちらは祇園祭の間、玄関に置いていたという屏風ですが、どちらが上なのかすごく微妙で、たまに逆に置かれていたこともあったとか。



掛軸も当然季節ごと変わります。



金の扇に



金の屏風。


季節ごとに訪ねて雰囲気を楽しむのが良いです。



すぐ近所には後祭のしんがりを務める大船鉾。祇園祭の巡行は船の形をした鉾がしんがりと昔から決まっておりましたが、後祭の大船鉾は禁門の変で消失して以来、長らく休み鉾だったのです。


その復活があって、もうあかんなぁということで一本化されていた山鉾巡行が半世紀ぶりに本来の前祭、後祭という姿に蘇るきっかけとなりました。


ね。



眠眠のあとは2回目のル・クラブ・ジャズです。



本日はジャムセッションという貼紙があります。日曜日は基本的にはジャムセッションデイのようです。



本日のワンドリンクはジントニック。



たしかドラマーはデンマークから来た観光客の方だったような気がする。


セッションのホストは御歳92歳のレジェンド、寺井豊さん。


セッションのほうは、ギターの方が3、4人居て寺井さん+1で交代で入って居ました。サックスが1人、ボーカルも1人いて、ギターの代わりに入ったり、プラスで入ったり、そしてドラムは3人くらいで回してました。


この晩は先斗町に行っても知ってるところはみんな休みなので、最後まで過ごさせて頂きました。


さて、翌日。



特別公開の先斗町歌舞練場へ。9月末までガイド付で見学が出来るのです。



鴨川をどりの展示。



着物の展示。



客席。何回も行ったことはありますから、ガイドの知らないことも知っていたりして(爆)。



楽屋。こちらは普段は見られませんね。これだけでも価値はある(笑)。



凛々しい後ろ姿のこちらは、鬼瓦さん。



蘭陵王という実在の中国、北斉の皇族、高超恭という方の王号で、この方は同名の舞楽の題材にもなっているそうです。



タイルが1枚だけ逆さなのだそうです。ほら、真ん中下あたり。日光東照宮などと同じで、芸事も完成はなく常に精進ということだそうです。



そしてまた肉屋へ。なんと鮨屋の大将がいます。働き者ですね。


なぜ、八坂神社に近いこのお店に再び来たかというと、八坂神社で八坂礼拝講が開催されるのです。八坂礼拝講とは、神道である八坂神社に比叡山の高僧を招いて安寧を祈願する行事で、昨年より復活した祇園祭の最中に行われる行事です。


もともと八坂神社は祇園舎という天台宗のお寺だったところを、かの廃仏毀釈により仏教色を全て廃されたという歴史があるのです。現在の宮司さんは、神仏習合時代への回帰を目指しているのだそうです。


私の目指すのも明治維新レジュームからの脱却(爆)。


大将も信心深くてすごく興味を持たれたので、特別なお札を貰ってくることを約束しました。



ステーキ丼を頂き、いざ八坂神社へ。


ところが昨年偶然に遭遇した八坂礼拝講は14時くらいからだったのに、今回は夕方からだったのです。それを待ってお札を授与して頂いていたら、今日中に帰れませんよ。残念ながら諦めて大将にそれを伝えて帰りました。


ね。