まだ歩いてます。
しばらく緩い登り坂が続き、2組ほどすれ違いましたかね。しばらくすると灯台があったので、右の斜面の登り坂を登ってみました。
筑前相島灯台。
そしてそこには、遠見番所跡もありました。この相島の他に、大島、姫島、玄海、岩屋の五ヶ所に設置され、目的は異国船の監視です。黒田藩から定番2名、足軽3名がその任にあたっていたそうで、異国船を発見すると国籍などを特定して福岡藩に注進するように定められていました。
ここで標高70m程度らしい。
道に戻って、そこから少し進むと左側に休憩のベンチがあって、そこから海を眺めることが出来ました。
しばらくほぼ平坦な道を進みます。
なんか猫が待ってる。島を回り始めて初めての猫でした。道端に餌用の皿が置かれていたりもしたので、一応観光客の少ない島の反対側にも猫は生息しているようです。
有待亭跡は、朝鮮通信使の迎賓館で、多い時は4-500人の通信使が宿泊していたと説明されているが、草むらすぎて、まるで想像がつかない。
岩宮神社
秀吉が朝鮮出兵の戦勝祈願をしたらしい。その左側にあるのが
太閤潮井の石と呼ばれる、諸国の軍勢が海岸の石をひとつづつ盛って千手観音像に戦勝と航海の安全を祈願したもの。全部で2000トンにもなるという説もある。
千手観音像というのは、相島には穴観音という場所があって崖下の洞窟に観音像が祀られているのでそこではないかと思うのだが、そこは落石の危険があり現在は立ち入れない。
道の途中にあった石仏。このあたりから徐々に降って最後はかなり急な下り坂で、
視界が開けると鼻栗瀬(めがね岩)と手前に広がる相島積石塚群が見える。
これ、なんと石の古墳群である。土が飛んだとかということではなく、最初から石で古墳を造ったのである。全部で254基あるということなので、窪みの出来ているところには、全て遺体があったと考えるべきだけど、けっこう呑気にお弁当食べている人とかいるのね。まあ古墳時代というと4、5世紀なので、1,600年前の話ですけれど。
中には大きな墓もあり、前方に人がいるところがあるが、
前方後円墳なのである。これは後円側からの画像。
こちらが前方側からの画像。
道に戻って少し歩くと蒙古塚もあったのだが、藪をかかないと進めなかったので断念。
ここから港はもうすぐであった。
恵比寿神社と猫。1月10日には恵比寿祭があって、島の青年が恵比寿様、大黒様、福禄寿様に扮するのだそうだ。
どうやら猫にはキャットフードなら与えても良いらしい。そうなんだ!と思ったら、
その後で立ち寄った島の駅の2階のカフェでは、猫さんのランチセットが販売されていた!
相島ハンバーガーと島クラフトコーラ。
腹が減ったわけではないが、食べないとブログに載せられんからな(爆)。
ね。