鷺来ヶ迫鉱泉 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

始まりはこの看板



最近は京都ばっかり行ってる弁慶ですが、実はちょっと変な温泉マニアだったのです(爆)。まあ、引退したわけでもないんですけどね。


さて、この看板を観て「なんだ、鉱泉か」と歯牙にも掛けない方は多いだろう。源泉掛け流し至上主義から見れば、まったく価値のないものだろうが、弁慶にとっては、お宝が隠れているかもしれないことを教えてくれるたいへん貴重な看板である。


調べてみると六ヶ迫鉱泉しらさぎ荘という旅館があって、平成30年に残念ながら廃館しているらしい。だいたい鉱泉宿などは一鉱泉に一軒だったりするので、もうダメなのかと思ったのだが、さらに検索をしてみると鷺来ヶ迫温泉というのがあって、これも「ろくがさこ」と読むらしいし、どうやら地域も同じようだ。


ということで、山間の道を進んで到着したのが



鷺来ヶ迫温泉 源泉 俵屋旅館コト白鷺館



坂を降りて行くと、ちょうど玄関に宿の方が出てきて暖簾を掛けた。入浴をお願いすると料金は500円で、お風呂は右側の入口から入って階段を降りた先だということを教えてくれた。



Wi-Fiもあるじゃないか!



階段を降りたところに、休憩所らしき空間と椅子とトイレがあった。壁を見渡すと



利用客からの感謝状



昔の写真などが、掲載されていた。



奥を左に入ると褐色の源泉があった。さらに奥を見ると



ここは源泉を飲泉する場所となっている。



白鷺御神体堂


この六ヶ迫鉱泉は、元文年間(1736〜40)に一羽の白鷺が足を痛めてこの谷に飛来し、谷川で十七日間沐浴して傷が癒て飛び去ったことにちなんで、その名がついたということなので、もともとの字は鷺来ヶ迫で、六ヶ迫は後の時代の当て字なのでしょう。


どうやら閉館した「しらさぎ荘」は、ここより少し下にあって、後に発見された源泉で営業していた旅館のようだ。



窓が開かなかったので、すごい湿度でこれ以上中に入っての撮影は困難だった。さて、左側の大きな湯槽は激アツで46℃と推測します。褐色に濁っております。その右側の少し小さい湯槽は、有色透明で43℃から44℃くらいで、この湯槽には湯口がありますが、入浴時には投入されてありませんでした。高低差ではこちらの槽の方が高く、こちらから溢れたお湯は褐色の湯槽に流れます。でも温度は逆。仕組みはよくわかりません。


さらに右側には、待ってましたという感じで20℃くらきの源泉槽がありました。こちらも褐色で濁っておりました。


もちろん源泉槽には冷たくても入りました(それが目的だからね)が、褐色の激アツ槽には足までしか入れませんでした。46℃は鹿の湯でも入れなかったもんね。それで推測した数値です。



俵屋旅館コト白鷺館と書いてあるので、この旅館の名称は白鷺館だいうことらしい。料理も良さそうですね。


源泉は飲んだ感じはそんなにクセが強くは感じられなかった。色的にはもっと不味そうに見えるけれど(笑)、でも前出の感謝状の方のように三升は飲めないよね。


毎朝三升って何かがおかしい。



臼杵藩主の命も救った献上湯。


九代泰道公がその人のようで、西江禅師に命じて薬師堂を建立し、そこを湯治場とするに至ったということのようです。西江禅師とは、臼杵城下の臨済宗多福寺の七世の住職とのことです。


ひさしぶりらに温泉好きの記憶が疼いて、このあとで近所の泊まれるホテルを検索したわけです。近所・・・でもないか(笑)。


ね。