秩父三十四観音霊場 十一番~和銅遺跡 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

十一番はR299沿いにある。前回はここまで廻って途切れているので、来たことはあるはずなんだけど、記憶はない。ただ、ここで御朱印を頂いたのはずいぶん若い方からだったような気がする。


厄除元三大師の文字を見てびっくりしたが、比叡山に登るまで元三大師すら知らなかったので仕方がない。ただ廻るにあたって見たところ、三十四箇所には天台宗のお寺はなかったはずなので、不思議だった。



明治11年の秩父大火で燃えてしまうまでは仁王門、観音堂、庫裡を備えた立派な寺だった。元三大師をお祀りしているのは、明治初年までは天台宗のお寺であったからで、曹洞宗に変わってからも変わらず元三大師をお祀りし、正月三日には大勢の参拝者で賑わうと書いてあった。



十一番札所 南石山 常楽寺 

南無慈恵元三大師常住金剛。エセ巡礼者は知ってることだけ呟く。

巡礼の親子は先着、気がつけば先程も一緒になった生活サイクルのおじさんは後着。



その昔、住職の門海上人は仁王門建立に尽力したが志半ばで病に倒れた。本尊に快気を祈ったところ金剛神を従えた黄金の老僧が現れて治って本願が遂げられた。



元三大師の御朱印もあったので、専用の御朱印帳を持って行かねば(爆)。



元三大師のおみくじがあった。もちろん恐ろしいから引かない(爆)。いつも凶だし💦。


さて、この日は巡礼はここまでにして、和銅遺跡に立ち寄って帰ったんだ。実は埼玉県人なのに、和銅遺跡に行ったことなかった😓



静かな森の中の小径。

別に傾いて写真撮ったわけじゃないからね!



ひっそりとした場所にでっかく存在していたやつ



モニュメントの目の前、ここが野天堀の跡。ここの銅は純度がすごく高くて精錬する必要がなかったんだ。だからこの近くには精錬所の跡はない。ここから都にダイレクトに運ばれたんだって。(となりの金山鉱山の純度は低く、こちらは精錬所がある。)

たまたま掃除に来ていた人が解説してくれた😊。地元のボランティアさんかな。ほら、モニュメントの周りに落ち葉とかないでしょ!

ね。