それでも 良い温泉とは、結局何を信じられる温泉なのか | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

疲れを感じる温泉が、自分とって効果のある温泉なんだと定義をしたが、初めのうちは直感的にそう思っただけだった。その後も、疲労感を得られる温泉にいくつか出会い、実際にそのような温泉のほうが自分の体調改善に効果かあるとの思いを強くし、直感はやがてその可能性を探求する気持ちへと変わった。


あるとき温泉についての書物に記述された「湯あたり」についての古の考え方に非常に興味を覚え、自分の考えが間違っていないのではないかと考えるようになった。


それによれば、古においては湯治において「湯あたり」したということはその温泉が何らかの影響を身体に与えたことの証であった。そこで「湯あたり」を起こすと赤飯を炊いてお祝いしたというのである。


しかしこれはあまりにも科学的ではない。身体に悪影響があるから「湯あたり」するのかもしれない。しかも現代において「湯あたり」は悪者であって、決して歓迎されるものではない。温泉に行けば必ず「湯あたり」にならない入浴法の記載をみるほどの、嫌われ者なのだ。どちらかといえば、古の考え方は間違っていたという可能性のほうが高いのである。


とすれば、私の直感も間違いである。


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しかし調べてみると九州大学の故矢野良一教授による俵山温泉での動物実験というものが存在していた。これによれば、入浴効果は15分から20分をピークとし生態の改善に有効なホルモンの分泌が活性化される。ただし、20分を越えて入浴してもそれ以上の活性化は行われないというのである。このホルモン分泌の活性化が肉体にとっては疲労感として感受されている可能性が高いのではないか。


ここには温泉入浴についてののうひとつの指標がある。それは入浴の効果を求める為には、最低15分~20分の入浴が必要であることと、それを越える時間の入浴について、更なる効果は望めないということである。


ただし、この実験が40℃という適温域にある俵山温泉での結果であり、20分に至る入浴が危険な高温泉には適合しないであろうことは、推測の必要もないほど明らかである。


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それで良い温泉とは、結局何を信じられる温泉なのか?答えはいまだ闇の中にある...。




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