癒しの温泉 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。



神経痛に効く温泉を送ってくれた方がいらっしゃいました。どうもありがとうございます。なんか今日は温泉に始まり温泉に終わる感じの一日でした。え?毎日そうだろうって?(笑)そんなことありませんよ、たぶん。



今日の昼間は某日帰り温泉に関連のある方の訪問を受けました。もちろん他の事業の話が話題であって、温泉のことが目的ではありませんが、話の中でその温泉のことも話題になりました。1日に平均100人の来場者。最大収容人数の10数分の1の状況のようです。


その時は「温泉を利益を生み出す施設と考えた場合の必要規模」と「温泉を湯を守る(抽象的な表現ですが)ことに視点を置いた場合の限界規模」ということが頭に浮かびました。


でも世の中の視点は別にあるようです。夜のガイアの夜明けも温泉の話題だったけど、必要なことにお金を賭け、不必要なことのコストを削減する。満足できなかったらリピーターにはならないということが、経営を科学した場合の解答のようです。


そうやって低コスト化して年に一度しか行けなかった温泉に、何回か行けるようにする。有難い話ですが、そんな発想とは相容れないものが私の中にはあります。


番組の中で枕カバーの穴のことが取り上げられていましたが、私は枕カバーに穴が開いていても問題にはしないだろうと思います。たとえ綺麗な枕カバーであったとしてもお湯が守られていなかったら、やっぱり駄目だろうなという価値観の違いでしょうか。ちなみにお湯が守られているというのは、番組の中でちょっとだけ出てきたようなお湯の温度管理ということではありません。(ただし、源泉地から引き湯する場合などで湯守の方が天候などに配慮して温度の調節をするような作業はお湯を守る作業ですが。)


それともなんだかんだ言っても私にはまだ経済的に余裕があるということでしょうか。でもね、絢爛豪華だから高いっていう温泉には自費では一回も行ったことないですよ。自分で布団の上げ下げをする温泉にはリピートしますけど。