みーちゃんが、
「余命1~2週間位かと思われます」
と宣告されたのが、先週の金曜日。
あれから私は泣いてばかりいます。
気付くと涙が落ちています。
今もみーちゃんは懸命に生きています。
見ているのはツライのですが、いつまでも見守っていたいと思ってます。
この10日間に私は、過去、現在、未来を考えていました。
今の私は、過去の私が行った結果の世界を生きています。
近所を徘徊してた野良猫のトラちゃん、みーちゃんをうちの子にすると決め、保護するという過去に行った私の行動故に、私は幸せな今を生きてきました。
そして、今が幸せなだけに、今の幸せが壊れた未来が今のように幸せであるとは思えずにいます。
野良猫の生きる環境は、家猫とは比べ物にならない程に過酷。
人間社会で人間の庇護なしに生きることは大変で、野良猫の身体は簡単に蝕まれます。
ペットショップで売ってるような手厚いケアをされた健康体の猫ちゃんではなく、長くお外にいた野良ちゃんをうちの子にしたので、健康体でないことは覚悟の上でした。
長く一緒にいれなくてもいいから、縁のあった子と共に生きようと思っていました。
舞踊団公演の脚本
みーちゃんのいる自室に籠りがちなこの10日間。
さすがに10日間、何もしないで過ごすには時間が余り過ぎます。
でも、この部屋からは出たくない。
みーちゃんの側から離れたくない。
となるとやれることは限られている。
有り余る程の時間がないとできないこと。
それは、来年の舞踊団公演の脚本を書くこと。
みーちゃんの苦しい息遣いを聞くのはツライのですが、それでもその音が聞こえているということは生きているということ。
静寂の中でみーちゃんの息遣いを聞きながら、脚本を書いています。
2020年の舞踊団公演では、源氏物語を題材とした舞台を作りました。
主人公は生霊となり、愛する人の妻や恋人を呪い殺してしまう六条御息所。
この脚本を書く際に、実は、『藤壺』が主人公となる脚本も書いていました。
そして、どちらにしようか考え、あの時は六条御息所バージョンを採用しました。
でも、いつか、藤壺バージョンも上演したいと思ってました。
来年はその藤壺バージョンの源氏物語を上演しようと考えています。
母から続く紫の連鎖
ご存知、源氏物語は光源氏が主人公の物語です。
光源氏のお母さんは、桐壺更衣(きりつぼのこうい)。
桐壺は紫の花です。
その桐壺は病気で光源氏が幼い頃に亡くなってしまいます。
幼い子供が一番欲しいのは親の愛、母の愛です。
喉から手が出る程欲しいのに、それを求めても手に入らなかった幼少期を持つ人は、一番欲しいものを「欲しい」と言えない大人になります。
また、逆に手に入らないと分かっているものを欲しがり、
「ほらね、やっぱりね。一番欲しいものは手に入らないんだよ」
という現実を敢えて引き寄せます。
一番欲しいものは手に入らないでいる方が安心だから。
一番欲しいものが手に入ると、次にそれを失う恐怖が押し寄せるから。
一番欲しいものを失った時の悲しみを誰よりも知っているから、一番欲しいものを手に入れないようにします。
またその悲しみを味わうこと、傷つくことを避ける為。
光源氏は母の愛を求めましたが、母は他界してしまい、その愛を手に入れることはできませんでした。
父の新しい妻として光源氏の前に現れた藤壺は、亡き母の面差しにそっくり。
光源氏は、母への想いを藤壺に重ね、藤壺を好きになり、得られなかった母の愛を藤壺から得ようとします。
でも、藤壺は父の妻。
手に入らないのは分かっています。
でも光源氏は、手に入らないから藤壺が好きなのです。
光源氏を溺愛していた父である帝は、息子が本気で「藤壺を譲って欲しい」と懇願したら、譲ったのではないかと思います。
でも、光源氏はそれをせず、父の目を盗んで父の妻に横恋慕を続けた。
何故か。
父に懇願して拒否されることが怖かったのか。
否。
藤壺を失うことが怖くて、手に入れられなかった。
そうやって光源氏は自分に嘘をつき、一番欲しいものを欲しいと言わず、それ故に孤独感を募らせ、社会的な成功は収めてもどこか不幸でいました。
そこに藤壺に良く似た紫の上が登場します。
紫の上は藤壺の姪にあたります。
紫の上というのは、天晴な人だと思います。
ド直球ストレートで、光源氏を愛します。
「一生側にいる」と断言します。
一番大事なものを失ったことのある光源氏。
それを再び失うのが怖くて手を伸ばすことをためらった光源氏。
私の中の紫の上は、
「一生側にいる。
だから、あなたも幸せになることから逃げないで」
と光源氏に真正面から向き合い、詰め寄る強い人。
紫の上もまた、一番欲しいものが手に入らなかった人です。
父がいるにも関わらず、正妻が怖い父は愛人との間にできた紫の上を引き取ることをせず、自分の母に預けるも、その母が亡くなっても娘を引き取ることをしませんでした。
父から捨てられた紫の上は、光源氏と同じ傷を持っていました。
それでも幸せになることから逃げず、幸せに手を伸ばした紫の上。
真っ直ぐで素直というのは、何にも変えられない程の強さを持つ。
最強。
母の代替品だった藤壺。
藤壺の代替品だった紫の上。
「私はあなたの元から離れない。
あなたは私を失わない。
だから私から逃げないで」
と真っ直ぐに言った時、紫の上は代替品ではなく、オリジナルになり、寂しかった光源氏の心を癒します。
原作の源氏物語とは異なる解釈を加え、ただ綺麗なだけじゃなく、生身の人間が繰り広げる源氏物語を舞台化していきたいと考えています。
失う恐怖
これまでにペットを飼ったことは何度かあったので、みーちゃんをうちの子にした時から、失う恐怖はありました。
それでも迎え入れました。
失うのを覚悟の上で、私は私が欲しいものに手を伸ばしました。
幸せというのは、失う恐怖に打ち勝った時に得られるものなのかもしれないですね。
「拒絶されるのが怖いから、先にこっちから拒絶しておけば安心」
「失うのが怖いから、手に入れなければ安心」
ってのをしている限り、幸せにはなれない。