私がキャリアカウンセリングと出会ったのは、まったく思いもよらないところからだった。
社会人になってから通信制の大学で心理学を勉強していた時、カリキュラムの中の選択科目にキャリアマネジメントという科目があった。
「なんやろう?キャリアをマネジメントするって・・・?労務管理のことかな?」
くらいにしか思っていなかった。
それで何気なしに登録して、後日送られてきたテキストに目を通して愕然とした!
スーパー、ホランド、シャイン、ナンシー・シュロスバーグ、クランボルツ・・・etc
「・・・仕事と人生について、こんなこと考えている人がこの世にいたのか!」
しかも米国ではかなり研究が進んでいるらしい・・・
そして追い打ちをかけたのが、参考文献にと思って手に取った、

金井壽宏先生の「働く人のためのキャリア・デザイン」(PHP新書)
これがまた衝撃的だった。
「なんということだ!人生の節目にキャリアをデザインする!みんなそんなことしてたのか!?知らないのは自分だけ?」
当時は、
「人生なんて、何が起こるかわからないし、先のこと考えたってしょうがない。なんとか今の会社で上にあがれるように、嫌な仕事でも頑張ってやるしかない。」
「あとは上司や役員さんたちが決めてくれるだろう。」
という感じだった。
会社では仕事に行き詰っており、将来の明るい展望も希望も見えない、もがく毎日の繰り返しの中で、自分のキャリアをデザインするなんて考えてもみなかった。
そもそも諦めていたのかもしれない。
「自分には学歴もずば抜けた能力も才能もない。」
「これからもおそらく何も変わらないだろう。」
「いいことなんてないのが人生なんだ。」
「やりたい仕事してる人なんて一握りで、ほとんどの人たちは嫌々仕事してるんだ。
だから自分も我慢して耐えて行かないといけないんだ。」
「でも、周りの人たちはなぜか幸せそうに見える。
自分だけが不幸なんじゃないか?」
「ひょっとすると自分は今までの行いの罰を受けてもう幸せにはなれないのかもしれない。」
「いやいや、コツコツやっていればいつかは女神様が微笑んで・・・」
なんてことを考えていた。
そんな悶々とした毎日に一石を投じたのがさまざまなキャリア理論だった。
覆水盆に返らず。
その一石の波紋はどんどん広がり、シャインやクランボルツの書籍を読みふけるようになり、社会の変化と個人の変化の相互作用を感じ始めると、もう後には退けない。
知らなかった頃に戻るわけにはいかない。
「これしかない!」
これが始まりでした。
つづきはまた書きます。