『科学革命の構造』トーマス・クーン著
中山茂訳 みすず書房
およそ9ヶ月間、他の書籍に疲れたときに少しずつ読み進めていたが、ついに読了。
少々抽象的な表現が多く、わかりづらいところも多いけれども、なんとか頑張れた。
科学は直線的に累積的に進歩してきたわけではない。
「予測もしなかった革新性が累積的に得られるということは、科学の発展の法則に対してほとんど有り得ない例外である。歴史の事実を真剣に直視する人は、科学は累積進歩観が示す理想に向かっていないことを知るに違いない。…通常研究は累積的なものであり、その成功は、科学者が既存の概念や道具立てで解き得る問題を選ぶことができるからである。既存の知識や技術によって定められる問題を解こうと努める人は、まわりをうろうろ見まわさない。彼は何が得られるかを知っており、その方向に沿って自分の装置を設計し、考察をめぐらす。自然についての予測や測定器具がうまくいかなくなった時に、はじめて予期しない新発見が生じ得る。」(p109)
つまり、これからも科学が発展する時はパラダイム転回が起こるということだろう。
「われわれはみな、科学を、自然が前もって設定したある目標に常に進める事業である、とみなす習慣に、あまりにも馴れすぎている。しかし何かそのような目標がある必要があろうか。…ある一つの完全に客観的で真実の自然解釈が存在し、科学的業績の正しい尺度は、それがその究極の目標に近づく度合いによって測れる、と考えても良いものだろうか。」(p192)
今まで私は、科学というものは究極的に人間が存在する理由を解明するために研究されるものだと信じていた。そして実際そのように進んでいるものだと思っていた。
しかし、実際は目の前の現象を解釈、表現しなおしているだけなのではないかとさえ思えてくる。それはぐるぐるめぐるだけでその中心には辿り着かないのではないか。
様々な理論が混在していて、どれが正しいという究極の答えはない。
だとすれば、いったい何を、どんな前提をもってこの世界に臨めば良いのだろうか。
科学者が導いてくれないとすれば、いったい誰が導いてくれるのか。
今こそ、全員で対話をする時だ。何が重要で何が重要でないのか。
どこに向かうべきでどこには向かうべきでないのか。
これらを問うことでもしかしたら権力構造にまでメスが入るかもしれない。
今の社会はそれに耐え得ることができるだろうか。
耐え得る社会とはどのような社会だろうか。




