独身貴族な男の子が

「結婚した奴にしかわからないこと」スレで鬱に・・・


女性も結婚して色々あって大変だ・・・といってるけど

男性陣にも不満がたくさんあるのですね

でも、幸せだから結婚するとかではないと思う。

夢を追いかけようが現実に甘んじようが...

それは性格によると思う。

でも人として、しないといけないことなのだ。

少なくとも子どもを育てないと生き物としての次世代がないから。


私が結婚に関して一番気に入っている格言は次。

ソクラテスのものだ。

『ともかく結婚せよ。
もし君が良い妻を持てば、幸福になるだろう。
もし君が悪い妻を持てば、哲学者になるだろう』



スレでまとめられていた格言は次のとおり


「独身者とは妻を見つけないことに成功した男である」(アンドレ・プレヴォー)
「裕福な独身者には重税が課されるべきであろう。ある人間が他人よりも幸福であると
いうのは不公平だ」 (オスカー・ワイルド)
「女を腕の中に抱くと、やがて腕にぶらさがられ、そのうち背負うことになる」(サシャ・ギトリー)
「女たちは私には象と同じように思える。眺めるのは好きだが家に欲しいとは思わない」
 (W・C・フィールズ)
「私は男でなくて幸せだ。もし男だったら、女と結婚しなければならないだろうから」
 (スタール夫人)
「結婚した人々の唯一の楽しみは、他人の結婚に立ち会うことである……悪魔的な楽しみだ」
 (ラモン・ゴメス・ド・ラ・セルナ)
「離婚の動機ですって? ありますとも、弁護士さん、私が結婚しているということです」
 (エミール・ポラック弁護士)
「人は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、記憶力の欠如によって再婚する」
 (アルマン・サラクルー)
「頭のいい男は良い夫ではありえない、なぜなら彼らは結婚しないから」
 (アンリ・ド・モンテルラン)
「女たちを知れば知るほど、私は自分の手の方をいとおしく思う」 (ショロン)
「男はみんな賭博師だ。でなきゃ結婚なんてしやしない」 (フレデリック・リット)
「結婚をしばしば宝くじにたとえるが、それは誤りだ。宝くじなら当たることもあるのだから」
 (バーナード・ショウ)
「夫が妻にとって大事なのは、ただ夫が留守の時だけである」 (ドストエフスキー)
「一人でいるとき、女たちがどんなふうに時間をつぶすものか。もしそれを男たちが
知ったら、男たちは決して結婚なんてしないだろう」 (O・ヘンリー)
「三週間互いに研究しあい、三ヶ月間愛し合い、三年間喧嘩をし、三十年間我慢しあう。そして
子供達が同じことをまた始める」 (テーヌ)
「恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる」 (リヒテンベルグ)
「ウェディングケーキはこの世で最も危険な食べ物である」 (アメリカの諺)
「もしあなたが孤独を恐れるなら、結婚してはならない」(チェーホフ)
「結婚とは人生最大の謎である。」(バルザック)

「たいていの男は、誰も自分の妻をさらってくれないことを嘆く。」(ニーチェ)

「結婚をしばしば宝くじにたとえるが、それは誤りだ。宝くじなら当たることもあるのだから。」(バーナード・ショウ)

今日もまた「ゆとり世代」を相手に授業でした。

いわゆる「ゆとり世代」と接するのは今年でついに2年目。


べつに偏見を持つつつもりはないのですが、

(なるべく偏見を持つまいと努めていたのですが)

今年の子たちはなんと自ら

「俺ら『ゆとり』なんでやってないっす」と

自分たちで言っていました。


育っていく過程で「おまえらは『ゆとり』だから」と

言われ続けてきたのかな,,,

と思うと少し気の毒になりました。


どんな教育を受けてきたとしても

自分の力でリカバーすることは可能だと思います。

でも、やっぱり教育行政上の判断は子どもに大きく影響する...

それだけは間違いないなと思いました。

旧過程から「ゆとり世代」になったとたんに

大きく動いたセンター試験の平均値をみても

影響が少なくなかったことがうかがえます。


苦しく、恵まれない環境でこそ反発精神で力を発揮できる子もいれば

恵まれた環境でこそのびのび能力を発揮できる子もいるとは思います。

なので環境を潤沢に与えればいいとは必ずしもいえないけれど...

少なくとも「暗記」を前提としない勉強はないと思います。


知識を覚える→それを整理する→知識と知識が関連する→わかる!


このプロセスは時間・空間を越えて普遍なのではないでしょうか??

ある程度選んだ知識を与えて、その知識の整理の仕方を教えるのが

「教育」というものではないのでしょうか??

頭のいい子と言うのはその作業を自然と自分ですることが

できる子だと私は定義しています。


知識どうしが横につながらない...その状態はまだ

「勉強した」とか「わかった」とは言えないわけで...

つなげ方はみんな一様に同じではないから

同じ先生に習っても「わかる子」と「わからない子」がでてきてしまう。

良い先生というのは、その子に応じた説明で

その子の知識と知識を横をつなげるという作業を

手伝ってあげることができる先生ではないでしょうか?


「暗記は意味がない」「自由な発想を妨げる」というのは

勉強が横につながらない段階で止まってしまった人の意見のように思います。

だって、知識が横につながれば、足りないところ(穴が開いているところ)が

自然と自分で分かるわけで...あとはどんどん自分で勉強していけますよね。


さらに、暗記→整理→暗記→整理・・・というプロセスを繰り返すことで

こんな整理の仕方もあるのでは?と新しい整理法(仮説)を立てたり

今はどこにも書いていないけれどこんな事実があるのではないか??

と予測したり...そんなことができるようになるはずなのです.


何もないところから何かを生み出せるのは天才か奇人変人で、

それは、根拠なく「ここにこんなものがあるはずだ」と予言をして

本当にそれがあれば天才だし、なければ奇人になるわけです...


普通の人間の「自由な発想」や「応用力」は

潤沢な基礎知識の上にしか成り立たない。

日本を支えるのはごく少数の天才ではなく

大人数の良く勉強してきた秀才ではないでしょうか?


「暗記」が悪いわけじゃない。

知識を暗記させるのを教育だと思い込み、

(先生は「頭が良く」てその作業が自然とできたのかもしれない)

知識を整理・連携させる作業を生徒任せにしてきた

先生が手抜きをしてきただけであって暗記が悪いわけではない。


ただ、私が確信を持って言いたいのは、

幼稚園・小学生・中学生のうちは、

先生や親に知識の整理を手伝ってもらっても、

自分で整理できる頭のいい子であっても

整理さえできれば勉強はできるようになるということ。

自由な発想や応用力も身についていくということ。


あと10年間近く送られ続けてくるという

「ゆとり世代」の学生さんたちとも

大学での楽しい「知識再編成作業」を

繰り返していきたいと思う。だから大学は辞められない。

友達のブログやMixiの日記めぐり、アプリの管理や

掲示板に口コミ情報...ネットサーフィンに飽きたら...


本屋さんに行こう!!それもできるだけ大きな。

(八重洲ブックセンターとかジュンク堂クラスが理想。

郊外ショッピングモールの本屋さんもなかなか大きくてイイ。)


売り場面積を惜しまない本屋さんの本棚の面積は世相を映す鏡だと思う。

テレビやラジオ、雑誌、ネットからももちろん世相はわかるけれど

本屋さんは「押し付けてくる感じ」がないのが本当に心地よい。


本屋さんに行って興味のあるエリアに行って本棚を眺める。



ほほーう、前は2段しかなかったのにずいぶん本が増えたな。

あれ、本が減ったかな?飽きられてるのかなぁ?なんでだろう?

興味あることがはっきりしてる分野はこんな風に楽しめる。


自分に何が興味ないかが分からない時、

そんなときは思うさま本棚を眺める。

眺めて...気になったものを手に取って...

場所を移動してまた眺めて...


自分は過去にやってきたこと、興味を持ってきたことに対する

等身大の知識しか相変わらず持っていなくて、

興味のあるものしか見えてないんだなぁと痛感するはずだ。


ちょっと興味のある本は手に取ってみたくなるし、

それは過去のどこかの段階の自分と少なからず関連している。

あぁ、こんなことやっていたこともあったなぁ

または、これ、いつもやりたいんだけどなかなか時間ないなぁ。


本当に心のリフレッシュになる。



あとは、小さな総合本屋さんにも注目だ。

地元駅の駅前とか商店街にあるやつだ。

限られた店舗面積を有効活用するため「最適」に作られている。

そのくせ、目立つところにはすぐになくなるに決まっている

新刊の啓発本なんかがやたら置いてあったりする(もちろんスルー)。

そんなロングセラーとドル箱が共存するのを眺めるのも楽しい。


そして、こだわりの専門書店にも行ってみたい。

自然科学、医学、建築、美術...色々な専門がある。

だいたい古本屋さんも兼ねているが神保町にはいくらでも存在する。


自分の興味ある専門店に入ると、この値段でも買っちゃう!!

ご飯を1食抜いてでも欲しい!!と思えてしまう本に

なぜか必ず出会ってしまう...魔法の場所

(だから本当にお金がない時は近寄らないようにしている)


自分にセンスがない...心を自由に解き放ちたいと思うときは

「人のセンスをそのまんま借りる」ことのできるセンスある本屋さんへ。

例えばビレッジバンガードとか、青山や神保町にあるコンセプト本屋さん、

本を取り扱っているオシャレな雑貨屋さんやカフェや文房具屋さん。


こんな風にちょっとオシャレに、ちょっとセンス良くなりたい私が

持っていたらいいであろう本、がそこには置いてあって、

「ちょっと理想の自分」をお金で買える。

買い物でストレス発散=買い物でなりたい自分に近づくなのだと思うが、

その感覚を存分に発揮することができる.


出版受難の時代、コンテンツメーカーよりコンテンツ流通の力が強い

昨今とは言え、本屋さんの魅力は色褪せない。

amazonのあなたにお勧め機能の適切さには舌を巻くけれど、

やっぱり、私が使えるわずかな書籍代は本屋さんに投じたい。