三重県津市心霊スポット【中河原海岸】91箇所目 | 心霊スポット散策

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今回は、三重県津市の心霊スポット『中河原海岸(なかがはらかいがん)』へ行ってきました。



中河原海岸(なかがはらかいがん)は三重県津市に存在する遊泳禁止の元海水浴場。

元海水浴場で、現在揖斐禁止なのかといいますと、過去に36名の死者を出す大惨事がおきた場所だからなんです!!

夜の中河原海岸にきていますが、遊泳禁止になるような高い波はなく穏やかな海岸ですね、、、

遊泳禁止なのが不思議に思えてしまいますよね。

 



過去に凄惨な事件が起きた場所なんです。

簡単に事件の概要を説明しますと、、、

事件が起きたのは、昭和30年7月28日午前10時頃
中河原海岸では、市立橋北中学校の生徒役約400人が参加する水泳の授業が行われていました。

天気は快晴、風も波も穏やかで朝から太陽が照り付ける絶好の海水浴日和だったそうです。

当時橋北中学校は、学校行事の一つとして夏季に水泳訓練を海で実施してきていました

当時は学校にプールが無い時代で、水泳の授業は主に海等で行われていたみたいです。

参加者は男子204名 女子197名 引率教員19名
男女別れた場所で海に入り、そのわずか数分後突然女子達が溺れだしました。

役100名程が海の底へ流れ引き込まれたといわれています。

足をさらわれ、泳ぎの得意ではない女子が海の下の方へ引き込まれ深みに落ち込んだと言われています。

教師や男子生徒たちの必死の救出にも拘らず、36名の死者を出す大惨事となりました。

死亡したのはすべて女子生徒だったようです。

死亡したのが女子生徒だけというのもなんだか不思議な話ですよね、、、

約200人の男子もいたのであれば泳ぐのが苦手でおぼれる生徒もいるだろうに、なぜ女子生徒のみが被害にあってしまったのだろうか、、、

紙一重で助かっても、長く入院を余儀なくされる者もいたといわれています、、、。


原因は色々と語られたが明確な答えは出ていないみたいです。

これだけならただの海難事故として終わる話だと思われてしまいますが、その後生き残った女子生徒達の証言から中河原海岸は心霊スポットになっていきます。
生き残った女子生徒曰く

「海底から手が出てきて足を引っ張られ海の底に引き込まれた!」

「防空頭巾を被った人々を見た」との証言があり、

中河原海岸に埋められた遺体と関連付けられ心霊スポットとして語り継がれる事になります。

 



女子生徒の防災頭巾をかぶった人々を見たは、戦争の記憶を思い出させることになったのではないでしょううか?

埋められた遺体いとは?

それは、水難事故のちょうど10年前の1945年7月28日には津市への空襲があり、戦争被害者の霊の仕業とささやかれたようです。

第二次世界大戦中三重県津市にも大量の爆弾が投下され多くの死者が出たのですが、遺体の処理が追い付かず中河原海岸の砂浜に埋めたとの噂があります。

事故は終戦からようやく身も心も平穏を感じられるようになったころに起こったとも言われていてたようです。

また当時、大きな海難事故が続いていたという背景もあるようでうす。

人々の頭の中には、戦時中の記憶は鮮やかに残っていて、この津市も大規模な爆撃があり多くの人が犠牲になっていた事実があります、、、

彼らの御霊が水難事故を引き寄せたと報道されれば人々の関心はさらに強くなってしまいますよね、、、。

 

水難事故は、岸からわずか10mの場所で発生したもので、事故原因は未だはっきりしていないが「離岸流」という自然現象が事故原因と一部では考えられているとも言われています。
離岸流は、岸から沖へ向かって流れる海水のことであるが、その流速は毎秒2mに達するらしい。
毎秒2mといわれても全然イメージできないですようね(笑)

中河原海岸は浅瀬ではあるが、深みがある箇所が幾つかあり、浅瀬から深みに向かい水が一気に流れた可能性があるという。

事故原因ははっきりしていないのでいろんな仮設が出ているようです。



中河原海岸で噂される心霊現象
・防空頭巾を被った霊に足を引っ張られる
 橋北中学校の中学生が36人溺死した事故があるのだが、その原因は防空頭巾を被った霊に足を引っ張られたことにより発生したといわれています。
 必死に逃げた女子達の全員が「防空頭巾の女に襲われた」と証言しており、「女性自身」昭和38年(1963年)7月22日号に掲載されています。
 なんでも何十人という黒いかたまりの女がこちらに向かって泳いできて、頭にはびっしょりと濡れた防空頭巾とモンペをはいていたそうです
 夢中で逃げようとする女子達の足を捕まえていくのは一瞬の出来事だったらしいです。
 この話が元になり、中河原海岸の水難事故といえば『防空頭巾の女性の霊がひき起こした』という怪奇現象が広まったようです。
 中河原海岸では戦時中に亡くなった者のうち、火葬しきれず身元も分からない御遺体を砂浜に埋めたという話もあるようです。
 実は事件はこれだけではなく、昭和7年(1932)年8月2日に明徳小学校の児童が海水浴に来ていたのだが、海に入ると6名の児童が水死したものもあるようです。



・マリア像が「血の涙を流す」

原因不明の事故が多いため中河原海岸は現在でも遊泳禁止となっており、事故現場付近では水難事故の犠牲者を供養するマリア像が建立されている。
・カップルで歩いていると女性が笑いながら走って追いかけてくる

・心霊写真が撮れる

 

このように、戦争の記憶の残っている時に起きた凄惨が事故であり、、、

戦争の記憶も相まってか防災頭巾をかぶった人々の目撃情報、、、

中河原海岸水難事故は、怪談、心霊スポットとして今でも間語り継がれています。

 

マリア像周辺は、住宅街になっていますので行かれた際は、近隣住民のご迷惑のないようにしてください

 

おススメの心霊スポット等ありましたらコメントにて教えてください。

 

撮影日:2023年12月29日

 

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