誇りと復讐〈下〉 (新潮文庫)

新潮社()
¥ 780
[4]往年のキレのある復讐劇は期待できず!?(2009-07-01)
 幼なじみと婚約したダニーは祝いにくり出たパブの席で3人組にからまれる。パブから出たダニーたちと3人組は口論になり、ダニーの婚約者の兄であり親友でもあるバーニーが3人組の1人に刺殺されてしまう。3人組の巧妙な偽証で無実の殺人の罪を着せられ、投獄させられるダニー。獄中、密かに復讐の作戦を練り、怒りの炎を燃え上がらせるが…。
 代表作『百万ドルをとり返せ!』に勝るとも劣らぬ前評判で、さてさてと期待を胸に手を取ったが…正直若干期待ハズレ。
 上下2巻の長編、最後まで読んだが、長すぎる、盛り上がりに欠ける、偶然性に過ぎる、といったところか。『百万ドルをとり返せ!』のシャープでキレのあるノンストップストーリーは望むべくもなかった。フットワークが重くてペンのキレが悪い。残念。
[5]会心作です(2009-06-21)
アーチャー久々の会心作。この下巻では「復讐」と「最後の対決」が繰り広げられます。
財産をめぐる頭脳的な心理戦と息もつかせぬ法廷での応酬は特に秀逸。
敵役が極悪なので陰惨なリベンジを読者としては期待してしまいましたが、読後にスッキリとするようなラストが用意されています。「誇り」を最後まで失わなかった主人公に最もふさわしいラストであると納得。アーチャーファンはもちろん、アーチャーに近作でがっかりさせられた人にもぜひ読んで欲しい作品です。アーチャーの復活を歓迎します。
[5]アーチャー節健在!(2009-06-01)
アーチャー、久しぶりの長編です。「百万ドルを取り返せ」を彷彿とさせる興奮と「プリズン・ストーリー」で感じたアーチャーその人の人生の深みが味わえます。最初から最後まで一気に読めました。ストーリー展開は、アーチャー独特の偶然と矛盾に満ちていますが、違和感なく楽しめるのがこの人のすごいところ。今から次の長編が楽しみです。
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ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)

新潮社()
¥ 580
[4]物語は続く(2008-02-24)
この話、全然終らない。

でも実はこの作品、94年に第2巻まで発売され、2巻のエンドロールには「続」ではなく、「完」が記されていた。つまり、2巻完結の長編小説として世に送り出されたわけだ。

ところが翌年の夏に、予期せぬ形で第3部が刊行された。

「予期せぬ形で」とは言っても、第2部を読了した今思うことは「えっ?これで終わり?謎だらけなんですけどー」って感じだし、続編が刊行されてることは何の違和感もない。

この謎だらけの物語がどう収束するのか、僕は期待に胸を膨らませ、第3部に移る。


最後に第2部で印象に残った文章を記して終ろう。


「加納クレタが僕に向かって微笑みかけたのはそれが初めてだった。彼女が笑うと、歴史が少しだけ正しい方向に向けて進み始めたような気がした。」

[5]再読を終えて。(2008-02-09)

笠原メイ、加納クレタ。この二人の女性との絶妙な距離感での関係を中心に、一部では何がどうなっているのか解らなかった主人公が、自分のすべきことを見つけ出すまでの第二部です。
 
笠原メイの「あの女の人を抱いたから、もう私には用がなくなったってことなの?」というキビシイ言葉が妙に心に刺さりました。

夏の暑さと何ともいえない倦怠感を感じることのできる一冊です。
[5]不気味な説得力(2008-01-24)
ここ一ヶ月間、発表年順に村上春樹の作品をほぼ全て読んできたが、これが最高傑作だと思う。これほど面白い小説も珍しい。面白さという点で、東野圭吾の「白夜行」と双璧だ。また、なにげなく書かれているようだが、方法的にも考え抜かれた作品だ。ボルヘスなどラテン・アメリカ文学、ヌーヴォー・ロマンなどで試行されてきた実験的手法が使いこなされているように思える。
中巻はますます荒唐無稽だが、不思議な説得力がある。登場人物達が体験するようなシンクロニシティーや現実のような夢を(勿論、遥かに淡いものだが)私自身何度か経験しているからだ。その度に、宇宙は不可知のカルマと意味に満ち溢れたものであり、心と物、自己と他者はくっきりとは分離できず、別次元では相互に融合しているような感覚に陥るのだ。
そうした神秘感覚を煮詰めたような作品でもある。
クレタという女?が最も謎めいている。クミコの多重人格的無意識が創ったドッペルゲンガーのようにも見えるし、マルタの実在する霊媒の妹、ねじ巻き鳥の化身、宮脇の次女の幽霊のようでもある。
[5]夢と現実とが交差した世界の表現に圧巻(2007-09-28)
 村上作品の中で初めて、主人公が怒り、暴力をふるう場面のある作品でもある。
 
 まるで霧の中に迷い込んだかのような、夢と現実とが交差した世界の中で主人公(岡田)が困惑する。また自らが井戸の中に入り、クミコの失踪の原因について深い瞑想をし探求しようとする。井戸の中での体験が非常にリアルだ。
[5]小さな声で語られる、本当に大切な情報(2007-09-22)
第2部「予言する鳥編」は妻のクミコの失踪という大きなトラブルより幕を開ける。この2部での主人公のオカダトオルに課せられた使命は、孤独と言うものを受け入れ、情報が明確にされるまでじっと待ち続ける事。それは、とても絶望的で多くの傷みを味わう作業であると思う。時にそのとてつもなく閉鎖されたその状況に辟易し、海外へ逃亡という道を選ぶ事を考えたりもするが、結局そこに居残る事を選択する。そして、この2部でも最もキーとなる場面であるが、謎の女の正体をついに自分で探し当てる事となる。

この「予言する鳥編」では、様々な登場人物の一言一言がとても重要な鍵となっているように思う。そしてそれは現代に生きる人々にとっても本当に重要な事なのではないか?という風に僕は感じている。

「自分にとっていちばん大事なことは何か、もう一度考えてみた方がいい」
「『新しい世界を作ろう』とか『新しい自分を作ろう』とか、誰にもできないんじゃないかな」
「それはお前が自分でみつけて、自分でやるしかない」
「ここは血なまぐさく暴力的な世界です。強くならなくては生き残ってはいけません」
「良いニュースというのは、多くの場合小さな声で語られるのです」

自らの想像力を超えたトラブルは、自分を見失わせてしまう。そして、自分が安心する為に何かに逃亡したり、依存したり出来てしまうシステムが、この世界に多く存在している。オカダトオルの行動は一介、奇怪なものに映るかもしれないし、随分と遠回りしているようにも見える。だが、本当に自分が求めなくてはならない情報は、自分のやり方で細かく時間をかけて追わなければ見つからないのだと思う。疲弊しながらも最終的に「良いニュース」に辿り着いた彼は、3部の「鳥刺し男編」にて自分にとって最も大切なものの為に、行動をしていく。
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論語と算盤 (角川ソフィア文庫)

角川学芸出版()
¥ 740
[5]基盤を持つ大切さ(2009-01-27)
本屋にも、このアマゾンにも、「金持ちになるための本」が一生かけても読みきれないほど置いてあります。
しかし昨今の不景気、この本の山を見るにつけ「この本は今の不景気に適応できるものなのか?著者はたまたまバブルで儲けただけで、今日現在は困窮しているのではあるまいか?」と疑わずにはいられません。
渋沢栄一は明治の偉大な実業家です。彼は常に論語を携え、迷ったときは論語を開き、その教えに背くかどうかで決断したと書いています。商業と道徳は相反するもの、汚いことをしなけりゃ儲かるわけがないという考えは渋沢栄一の時代以前からも普通にあったようですが、彼はそういう考えは江戸時代に武士が商人を低く扱った弊害で、文明開化の時代には商人も武士道精神と清廉な考えを持たなければいけないと考えていたようです。
私も商業と道徳は相反すると思っていましたが、少なくともこの本を読んで、その清廉潔白な考えには圧倒されました。この、100年前には確かに存在し、今でもその名を汚していない偉大な実業家の著作を読まずして、10年後には忘れ去られているような詐欺師(かもしれない人)の皮相的な金持ち本に小遣いを費やすのはいかにも残念に思われます。
いかなる荒波の中においても、バイブル(ここでは論語)を堅持し、それに従うこと。不安な現在の人間にも時代を超えて語りかけてくる渋沢栄一に、学ぶことは多いのではないでしょうか。
[5]渋沢栄一の待望の書(2008-11-08)
渋沢栄一の本は「論語講義」をわかりやすく訳した、竹内均さんの「論語の読み方」を何度も読んだことがありました。渋沢さんは、「論語」を実学として生かして大成された方だけあって、その読み方はとても新鮮でした。

道徳の本という、堅苦しいイメージを払拭してくれ、なおかつ本当に「論語」を学ぶというか、身につけることの大切さを教えてくれます。

渋沢さんが、「論語と算盤」という書物を著されていることは、以前から知っていましたが、いまだに読んだことがありませんでした。今回、文庫本として出版されたことは望外の喜びでした。読み進むうちに、日常の仕事や生活を送る中で、どのような考え方をもって身を処していけばよいかが、沁み込むように心に響いてきます。逆に道徳教育をおろそかにした、昨今の日本の状況と照らし合わせて考えるとき、もったいないことをしてしまったなあと思わされます。

日本人の美徳とされた、道徳性はいかに培われたのかを知るきっかけとして、最良の本であると思います。儒教に偏見を持っておられる方にこそ読んでほしい。
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宵山万華鏡

集英社()
¥ 1,365
[4]久しぶりの”怪奇”!!(2009-07-23)
久しぶりに森見先生の"怪奇"小説を読んだような気がします。
「竹林」「恋文」と森見的男子(ヘタレで不器用でアホ)が活躍するお話が続いたので、怪談のような、不思議な怖さのある作品は久しぶりに読んだような気がします。不思議な宵山の夜にどっぷりつかって大変満足しました。
一つ一つの話が微妙に接していて、話が進んで行くごとに宵山の闇へと引きずりこまれるような気がして、頭がくらくらしました。この不思議な感覚を是非味わってみてください。
[3]夏の夜の夢語り(2009-07-21)
小説『すばる』において07年から08年に掛けて掲載されていた作品の書籍化です.
宵山での一夜に起きていたいくつかのできごと,人たちをおおよそ三つに切り取り,
それぞれ表裏のような視点から描くことで,全部で6編の連作短編集となっています.

物語はすべて一話完結ですが,実際にはこの表裏の二つで一つのようになっていて,
著者おなじみの若さや勢い任せのバカバカしさや,中には静かでゾッとするものまで,
単純な『表』と『裏』の関係とは違う,不思議に絡み合う二つ物語に引きつけられます.
また一話の『裏』を最後に持ってくる構成も,作品全体がキレイに締まってよい演出です.

ほかにも,ある編の主人公が別の編では視点が違うためにただの通行人になるなど,
同じ一夜での物語だけに,人や場所がどこかで少しずつ繋がっているのがおもしろく,
あれやこれやと気づいたときは,ニンマリとしながらページをめくり返してしまいます.
ほかにも著者の別作品からのリンクも織り込まれ,ファンにはそちらも楽しみどころです.

キラキラで賑やかなカバーや表紙も,作品だけでなく祭の華やかさがよく表れています.
[3]表紙がすべてを語っています(2009-07-17)
森見さんの作品をたくさん読んでいる人ほど楽しめる要素の多い作品。
キラッキラした表紙はすべてを物語っています。
妖しく、面白く、森見登美彦らしい。表紙を見ただけで楽しい気分になれます(カバーもはずしてみてくださいね)

京都のお祭り「祇園祭宵山」を舞台にした連作短編集。
あるお話は幻想的で、またあるお話はちょっと怖くて、でもバカバカしいお話もあり、このお祭りのいろんな姿を見せてくれる。
“万華鏡”とはうまくいったもので、本当に万華鏡をのぞいているようにくるくるといろんな角度からこのお祭りの一夜を映し出しています。

お祭りって夜店が並んで、賑やかなお神輿や踊りの行列が練り歩き、ワイワイと楽しいイメージを浮かべがちだけど、
本来「まつり」とは神を祀ること、またはその儀式のことです。
その厳粛で歴史を感じさせる重みをこの作品は汚すことなく、
逆に京都という土地の持つ魅力と森見作品の古めかしい雰囲気がそれを十分に活かしています。

うーん、でも私が森見ワールドに慣れちゃったのでしょうか・・・。
森見さんの本って読み終わった後もその不思議な世界から抜け出せないことが多かったのだけど今回のはそれが少ない。
胸キュンもなければ、大笑いもない。
独特の世界観は素晴らしいのだけれど、小説としての面白味はこれまでの作品に比べると薄いかも。
[3]世界につつまれて(2009-07-15)
京都祇園祭の宵山の日に関連した6編からなる短編集。いつもはあらすじをここに書くのだがなかなかあらすじをどう書こうか思いつかない。という感じはこの作者のいつもの作品に通じる独特な不思議な世界観に包まれた物語である。宵山にちなんだそれぞれの短編が見事な連作となりつながり万華鏡の様にお互いに影響を与えている短編であるということであろう。面白いのだが今までの作品と比較すると何だか物足りない感じがある。ただし,反面独特のとっつくにくさはなくなった感じがある・・・
[3]こんなもんでしょうか?(2009-07-12)
 「太陽の塔」はアマチュア文学としては面白かった。「きつねのはなし」は、文章は上手いが中身というかストーリーが無かった。「走れ」は買って損した。表題作のドタバタ以外は文章もストーリーもひどすぎる。今時この程度なら本好きの人間だったら書けるよ。「夜は短し」は、ストーリーも面白かった。「四畳半」も同じく良かった。「有頂天」もいい感じだった。この路線かなと思った。ところが、「美女と竹林」はスカだった。太陽の塔のようなドタバタを書こうとしていると思われるがネタ切れだ。「恋文」はやや立ちなおったっかという感じ。
 そして、この最新作だけれどこれまでのネタを何とかつぎはぎしているようにしか思えないのだ。本当に残念だけれど。
 新婚さんでお金が必要なのだろうと思われるが、乱発ではないでしょうか。これまで雑誌なんかに書いたのをを寄せ集めにして1冊の本として出すのもいい加減これくらいにしておいた方がいいと思う。あまりに安っぽい。
 また、京大生ネタもここまで来ると失笑と言うよりバカにしたくなってくる。何とか新境地を開いて欲しいと思うのだけれど、今時の若手作家ってこんなもんなのでしょうか。うーん。
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鷺と雪

文藝春秋()
¥ 1,470
[5]現代にどう繋ぐか(2009-07-16)
第141回の直木賞受賞作品である。本のレビューからややそれるが長年に渡り候補になりながら受賞が叶わず、喉に骨が引っかかるような思いであった北村先生に心からお祝いを申し上げたい。

この小説は三部作の最後となるシリーズで日本が大きく傾いていく前夜を女学生とそれを護る女性運転手という二人が事件(事件というほどに大変なものではないが)を解き明かしていく物語である。

いささか時代背景もあり、華族の悩みみたいなものは理解しがたい部分はあるが、物語を通じて何か我々が最近どこかに忘れてきた大事なもの、それは家族を思うことや社会のあり方や、利己的ではない抑制の効いた人間関係などが、やはり大切なんだということを決して説教じみて語るのではないところがよい。

長いシリーズの後半部分なんでいよいよ最後のクライマックスがどこへたどり着くのかが、この本の一番最初のエピソードで分かってしまうのも仕方ないのであろう。是非とも「街の灯」、「玻璃の天」とあわせて読んでいただくことをお勧めする。
[4]時代の雰囲気(2009-07-10)
昭和7~10年の時代を、私のようなものには想像もできない、今の日本と全く異なった時代を、タイムマシンで遡って経験してきた思いがする。作者はベッキーさんに、「善く敗るる者は亡びず」と復活の予言を語らせている。「人形流し」もまた「善く敗るる者」の物語であった。作者は現在の時代の雰囲気からなにかを感じとって、野に叫んでいるのでは?
[3]やっぱり難しいジャンル(2009-06-23)
北村薫の作品はいつも楽しい。今回は昭和初期の設定なのに、登場人物には隣人のような親しみを感じる。また、元ネタとなっている事件の選択もいい。大事件ではないが、非常に趣のある事件で、それを見つめていた人や時代がやさしく書いてある。

それでもなお、素直に溜飲が下げられないのは、北村薫が書くミステリーの独自性にある。『日常の謎』を対象としたミステリーという新分野を切り開いた功績は大きいものの、時折、『これってミステリーなの』と思ってしまうことがあるのだ。

本書でも、『上野』と『ライオン』というヒントで『三越』を思い浮かべる読者は少なくないと思うが、それより先の動機は『三越入口の説明板』を読んだことがないとわからないだろうし、逆に『三越入口の説明板』を読んだことがあれば、答えそのものを知っていることになり、ちっともミステリーでない。

『日常の謎』には殺人事件のような強烈な動機がないだけに、つい、ミステリーとしての完成度を求めてしまう。完成度の高さに思わず唸ってしまう作品が多いだけに、『鷺と雪』にミステリーを求めすぎると期待がはずれてしまうかもしれない。
[2]少しずつ息が詰まるような(2009-06-03)
北村さんの作品はとても好きですが、最近の物語はどうしてでしょうか。すっきりと楽しむことができません。

ヒロインはほのかに生身でありながら、少女趣味にもぎりぎり陥ることはない。些細な日常に潜む謎解きが世界の見え方をわずかに変えてみせる。喜劇も悲劇もヒロインの目の前を通り過ぎ、事件は結末を迎えても、読後感として物語は終わらない。

なぜなら、ヒロインは真にそのあり様を変えて主人公として物語に結末をつけることはなく、(成長期の)曖昧さにとどまり続けているからです。それが北村作品の魅力の背景にあると感じます。ああ、でもこれこそ「少女趣味」の王道なのかもしれません。

とはいえ、終わることのない物語は書き手にとっては辛いものでしょう。最近の作品は登場人物たちが生命感を失っていくようで、少しずつ息が詰まるような印象を受けていました。

ですからこのシリーズの1作目を読んだ時は、おお、これは浪漫な時代に背景をかりた「活劇」だ、物語性の復活だ、いっそ外連味を突き詰めてほしいと、手前勝手に嬉しくなったのですが・・・。時代背景への緻密さが物語の広がりをむしろ奪っていった面が残念でした。

とくに1作目に登場した青年将校の表現は、すでにその時点で2.26事件に連座する悲劇が、容易に想像できるものでした。3作目の「騒擾ゆき」も冒頭にしては、あまりに自明なキーワードであったと思います。

いずれ滅ぶだろう個性を意図的に置いたこと、それを読者に感じさせた点は、ミステリ作家の作為としては素直に過ぎたのではないでしょうか。私には物語を背景に重ね合わせる時に、大きな史実に引きずられたように感じられます。

しばし時を忘れて楽しめる北村作品に再び出会えたことを喜びつつ、傍観者たるを脱しえなかったヒロインを憂いつつ、また安心しつつ感想とします。





[5]物語の弧が行く末を案じる(2009-05-16)

 『街の灯 (本格ミステリ・マスターズ)』『玻璃の天』に続く、花村英子とそのおかかえ運転手・ベッキーさんが主人公のミステリー・シリーズ第三弾。本書所収の3短編は、それぞれ昭和9年から11年にわたる3年の物語です。

 最初の「不在の父」はある華族の男が失踪し、今はルンペンとして暮らしているらしいという不思議な物語です。それは事実なのか、そしてそれはなぜなのか…。

 「獅子と地下鉄」が描くのは東京三越本店近くの和菓子店の少年が夜中に上野で補導されるという事件。少年はなぜひとりそんな行動をとったのか…。

 「鷺と雪」は英子の学友が銀座で撮った写真に、台湾にいるはずの許嫁(いいなずけ)が写っていたという怪異談。ドッペルゲンガーは果たしているのか…。

 こうした個々の短編は、日常に潜むささやかな、そして罪のない謎を扱った一話完結の物語です。しかし、北村薫がこのシリーズで真に描こうとするのは複数の短編を貫く、堅固で大きなストーリー・アーク(物語の弧)です。
 昭和の初期、巨大な時代の力がうねり、人々を飲み込もうとしています。押しとどめようもない波濤(はとう)を前に、市井の人々は無力であるか、もしくは気がつかない。しかし一方で、この「鷺と雪」の登場人物である軍人たちのようにわずかですが、なんらかの挙に出ようと決意する者たちがいます。
 「真実とされていることも、時には簡単に覆る」(96頁)その時代にあって、それでもベッキーさんは「わたくしは、人間の善き知恵を信じます」(242頁)と語ります。彼女の孤高ともいえる姿勢に、心洗われる思いがします。

 北村薫はこのミステリー・シリーズで果たして昭和のどこまでを描くのか、そして物語の弧はどこまでつながるのか。楽しみであると同時に、昭和のたどった道を知る身にはつらく痛ましい物語が立ち現れてくるであろうことを感じて、心さびしい思いがするのもまた事実です。
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共犯者 ロッセリーニ家の息子

角川書店(角川グループパブリッシング)()
¥ 1,470
[5]価格的に高いけど面白かったので元は取れたかな(2009-07-02)
内容は、TheRuby掲載の3話+ドラマCDブックレット掲載の3話、そしてTheRuby掲載の1話を組み込みつつ大幅加筆修正したメインの「共犯者」の全7話で構成されています。
読み逃していた話も読めて嬉しい限りです。1冊にまとめて出してくれないものかとずっと思い続けていたので。

表紙には攻3人、裏表紙には受3人。つか表紙ステキ過ぎです。鼻血噴くかと…
全カプ既に出来上がっておりますので、基本イチャイチャです。とにかくイチャイチャです。なんといってもイチャイチャです。
しつこいですか…でもそうなんですもの。

前3冊のようなピンチに陥ったりなどの大事になるようなことは無く(ロッセリーニ家の跡継ぎ問題が何の解決も見ないままなのが、大事といえなくも無いかもしれないが)その後が書かれています。
互いを思いあう様子が読めて幸せのおすそ分けを貰った気分になれます。
この本を読んだら前3冊も読み返したくなってきました。
[4]絶えるロッセリーニ家の血筋。(2009-07-01)
まず最初に、この本は「ロッセリーニ家の息子」シリーズ
を読んでいないと全く分からない内容なのでご注意。
雑誌掲載からの収録・CDブックレットの再録で書き下ろし無し。
最後の「守護者」パートのみ大幅加筆修正有り。

その読者がこのシリーズでどのカップリングが好きかによって
満足度が変わると思う。
私は個人的に一番好きなのはエドゥアール×成宮、僅差で
マクシミリアン×ルカなので、かなり充実して読めた。
ただルカ編はほぼCDからの再録なので新鮮味がないのは少し残念。

何故レオナルド×瑛に余り好感を抱けないのかといえば、
この新刊でも表現されているけれど、攻にただ擁護されて
受がほとんど成長せず、ただひたすら甘い話、という点。
ルカと成宮は、パートナーであるマクシミリアンとエドゥと
現在遠距離恋愛中であり、ルカはまだ未成年とはいえど、
東京留学でバイトに勉強にと頑張り日々成長している。

成宮は更にハードで、老舗ホテル総支配人に異例の若さで
出世し、激烈なスケジュールの中でも完璧な仕事を徹底している。
また徹底的だったのは、東京にてエドゥ、ルカ、マクシミリアン
そして成宮が顔を合わせているという「兄弟とその伴侶紹介」が
展開されるのがこの4人の面子。重要なドラマのメインであるこの
シーンにレオと瑛がいないのはキャラクター比重にかなり差が出た。

イラスト担当の蓮川さんのカラー表紙もとにかく美しいし、
白黒挿絵は更にテクニックが上がったように感じる。
それぞれのキャラの声がきちんと声優ボイスで聞こえる
感覚も、この作品が高い物語性を保持しているからこそ。

しかし…「跡継ぎは弟の誰かしらが何とかしてくれる」
というレオナルドに一言。…そうは問屋がおろさない…。笑
3兄弟全員が同性結婚状態なロッセリーニ一族、果たしてどうなる!!
エドゥ×成宮のエピソードはCDでもぜひ聞きたい♪
そして兄弟全員がロッセリーニで再会する話をぜひぜひ!!
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- インクルージョン (幻冬舎ルチル文庫)
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ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 上

早川書房()
¥ 1,700
[4]“闇の組織”の登場で高まる緊迫感。続編が読めないのはとても惜しい(2009-07-17)
スウェーデン発驚異の三部作のいよいよ第三部。本書は第一部同様、スカンジナヴィア推理作家協会が北欧5カ国で書かれたミステリー最優秀作に与える「ガラスの鍵」賞を受賞している。
第一部は比較的独立した物語だったが、本書は第二部の完全な続編であり、サプライズの堪能と物語の前後関係の理解のためにまず第二部を読んでから読まれることを強くお勧めする。

瀕死の状態から一命を取りとめたリスベット。しかしここに重大な秘密を守るため、公安の秘密組織“班”、ミカエル・ブルムクヴィストの言うところの“ザラチェンコクラブ”が登場する。彼らの出現とその謀略で物語の緊迫感はいやがうえでも高まる。

ストーリーは、“班”対それに対抗するミカエルの仲間や公安警察、県警の構図で、入院中のリスベットを軸にして進んでゆく。事態はリスベットの裁判というクライマックスに向けて、目が離せない展開が続くのである。

本書は、“女を憎む男たち”を憎む、壮絶な過去を持つリスベットの闘いの物語であることは言うまでもないが、何者にも屈せず『ミレニアム』誌で社会の悪と矛盾を糾弾することに徹するミカエルの姿にも、ジャーナリストとしてのラーソンの影を見ることができる。

それにしても、この三部作を通していえることは、第一部の密室と化した孤島、見立て殺人、サイコ・キラー、大富豪一族の闇を含めた本格ミステリー。第二部の警察小説、ノワール、リスベットの驚愕の過去、現代スウェーデンの抱える社会問題。そして第三部の公安の秘密機関、謀略スパイスリラー、法廷サスペンスと、エンターテインメントとしてのミステリーのジャンルがすべて含まれていて、それらがすべて一定の水準以上のレベルを持ち、しかも“今の時代”が抱える社会的な問題が根底にあるので、リアリティーに富んでいて、読者にとってたまらない魅力を持った読みごたえ充分な作品であるということである。
続編を期待するのは当然だが、スティーグ・ラーソンの急逝でそれもかなわぬ夢となった。とても残念で惜しい。

[5]スティーグ・ラーソンが初めてその一線を越えた(2009-07-16)
オリジナルは2007年リリース。邦訳は2009年7月10日リリース。『1』・『2』を読了した者にとっては、まさに待ちに待ったリリースだった。『2』と違って『3』は、前回までのあらすじみたいな部分が皆無で、いきなり『2』の続きが展開していく。そこがまず気に入った。後半部分が特に素晴らしい。リスベット・サランデルを演じられる女優は誰だろう、と考えてみた。ぼくが考えるに一番近いのはナタリー・ポートマンである。『V』での演技の根性を観れば、この難役をきっとこなすに違いない、と思う。

読んでいて思うのは、作者スティーグ・ラーソンが既に故人であること残念さである。ぼくは、これほどにコンピュータやネットワーク、ひいてはPDAといったデバイス類、ソフトウエアやウエブ・サービスを知り尽くした作家は初めてである。そして、その正確な知識の生み出す世界が、この上もないほど魅力的だ。まさに、ついに登場した現代のミステリー作家ということになる。そしてこのシリーズのすばらしさに浸るほど作者が故人で今、この世界に存在しないことの無念さが実感されるのだ。

ここまでの詳細な世界を誰が書ける?ジェフリー・ディーヴァー?島田荘司??絶対的に知識が足らない。スティーグ・ラーソンが初めてその一線を越えたのだ。このシリーズがこれで終わってしまうと思うと残念でならない。読みたいレベルの新しい作品を読める歓びは何にも増して高いのだ。
[5]眠れる女、リスベット(2009-07-13)
北欧産の大人気サスペンス小説の三部作の掉尾を飾る作品。前作の翻訳から間を空けずの出版に人気の度合いが分かる。

確かに、第1作、第2作とも期待以上の面白さだった。ストーリーといい、主人公や彼らを取り巻く登場人物の描写の見事さ、それにもまして、記者であった作者の熱い正義感が伝わる作品だ。

この第3作の上巻も面白いが、あとがきで訳者の人が書いていたように、1作目、2作目と異なり、ポリティカル・サスペンスのようだ。また、主人公の女性、リスベットもほとんど寝たきり(「眠れる女」はここから来ている?)で、前2作のような活躍の場面はない。

下巻が楽しみだ。
[5]今世紀(ミレニアム)最高の本(2009-07-10)
3作目を予約し、食事もせずに半日で、上巻を読んでしまいました。

前作の続きに、なるのですが、前作から読まないとまったく、話が続きません。
リスベット・サランデル(女の主人公)は、弱弱しく、心をなかなか開きませんが、ミカエル(男の主人公)が、今回も絶妙にサポートしてくれます。

私たちには、スウェーデンという国が、どういう国で、ロシアとバルト海をはさんで、(007のような)スパイ小説好きには、たまらない位置にあるということを教えてくれます。

この作家は、ミレニアムが、ベストセラーになる前に、突然死んでしまい、ずっと連れ添っていた彼女は、籍をいれずにいたため、版権は、お父さんのものになり、彼女には、1円も入っていません。今、法廷で、版権を争っていますが、シリーズは、一部彼のパソコンに入っているらしいです。

ファンとしては、続きをなんとか、世に送り出してほしいですが、ミレニアム1~3だけでも、すばらしい本に出合えました。
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- ミレニアム2 上 火と戯れる女
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- ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上

骸骨ビルの庭(上)

講談社()
¥ 1,575
[2]過去の宮本作品に比べ、焼きが回った(2009-07-14)
宮本輝の過去の作品と重複している「戦後の大阪」「中国文学」が、今回の作品にも出てくるので以前の作品と比較してしまい、キレのない文章にどうしても目がいってしまう。
更にここ最近書く傾向にある、人に対する講釈をたれるセリフ挿入が今回も多い。
平成6年の舞台設定でありながら、サクラちゃんがパソコンではなくワープロの操作に格闘しるのも違和感があり、どうにも平成6年と言いながらも時代が昭和にしか映らない。
しかも八木沢ことヤギショウと呼ばれる主人公が47歳にどうして見えないのだ。この辺りは時代が古い作品、例えば『四十八歳の抵抗 (新潮文庫)』石川達三著の主人公の感情が今の48歳には映らない時代による精神のズレが、今回の宮本作品に出ている。

[3]それでも生きてゆく理由(2009-07-13)
『1Q84』を読んだせいか、本書にも父と子、ひいてはキリスト教的な考えがテーマとして見えてきてしまった。阿部轍正の生き方と、その最期、そしてそのことにより影響を受けた彼の「子ども」たちの図式はどうしてもそこに行き着いてしまう。また戦争がこの通称、骸骨ビルに影を落としている。

 今まで知らなかった戦争の事実が本書には細かく散りばめられている。たとえば阿部が引き取った戦争孤児たち。戦争孤児には、戦災孤児、引揚げ孤児、一般孤児、棄迷児と分けられる。一番酷な存在が、棄迷児だ。きっと彼らはその後、他の戦争孤児以上に生きていくのが困難なのではないだろうか。

 本書は、骸骨ビルと呼ばれた杉山ビルのオーナー、阿部が戦争孤児を6人引き取って、中には進学や就職が困難になるとの理由から、養子にしたりし、生涯独身を貫いた、その後の物語だ。時は平成6年、八木省三郎(ヤギショー)が家電メーカーを早期退職して、就いた仕事が、杉山ビルからいまだに住み着いている11人を立ち退かせることだった。

 その中で触れ合う住人たちの物語(中には「メグ」という奇妙な存在もある)が展開する。それと並行して、阿部が育てた子どものうち、桐田夏美という女性が思春期の7年間、阿部に性的暴行を受けていたという訴訟を起こし、失意の阿部はそのことを否定もせず亡くなっているが、そこに隠された謎が解明されていく。しかも何者かが八木を妨害すべく、手を引かないと家族に危害を加えるとの脅迫文を送ってきたりもする。

 血のつながりのない者たちが家族となり、そしてそこで見つけていくものとは?そこでテーマになっていることは、普遍的なものでもあり、時々ふと考えるものであったりするものかもしれず、決して特殊な物語ではなく、誰もが時に考えるものでもあるかもしれない。

[5]将来、是非子供に贈りたい作品(2009-07-02)
宮本作品は出版される度、まさに寝食忘れて一気に読んでしまいます。
この作品も、上下とも心揺さぶられながら読み終えました。
言葉にしてしまうと、とても陳腐ですが、本当に素晴らしい。
この一言です。
自分が人の親になって、今までの作品も改めて読んでみましたが、
この作品も含め、私が子供に伝えたい事、そして親の私が忘れてはならない事、
その多くを宮本作品から学んでいる気がします。
子供が大きくなったら、絶対に勧めたい作品です。
心が豊かになりました。一人でも多くの方に読んで欲しいです。
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風の歌を聴け (講談社文庫)

講談社()
¥ 400
[1]完璧にうんざりな文章(2009-07-21)
村上春樹は、この処女作で100パーセントうんざりさせる文章を存在させた。結局のところ、登場人物は語り手である主人公をはじめ、みんなおもしろいぐらいにうんざりしている。まるで牧場にある木のベンチのように。何にうんざりしてるって?自分以外のすべてのものにだよ。それでビールを飲んで、煙草を吸って、セックスをして、車を乗り回してるんだ。わかるだろ?それに、『アメリカン・グラフィティ』をはっきりパクっているところがなんともいえず良い。それだけだ。村上春樹とは、そ・う・い・う・ものだ。
[4]透明(2009-07-10)
所属する読書会が今度、村上春樹論をやるというのでそれをきっかけにして、デビュー作を
手に取った。

僕自身、村上春樹作品は初めてではないから、デビュー作から「こんな感じだったんだ~」
ということがわかり、感慨深い。この「こんな感じ」の「こんな」というのは、いったい
何なのか?おそらく多くの読者が共有しているのだけれど、そのほとんどの人がそれを明示
できないでいるのではないだろうか。ここで無謀にも、その「こんな感じ」を僕なりに言わ
せてもらえばそれは、村上作品が「要約できないところ」にあると思う。

「『風の歌を聴け』ってどんな小説?」と友達に問われ、読み終えたあなたはうまく相手に
要約して説明してあげられるだろうか。ここに村上作品の「こんな感じ」があるのだと、僕
は思う。で、さらに突きつめればそれは、作中でとりたてて大きなことが起きていないこと
に起因する。そう、村上春樹の小説ではいつも「「起こっていない」が起きている」のだ。
取り立てて何か具体的で、大きなことは起きないけれど、何かが躍動していた。そのこと
だけが、読者の読後感として歴然と残る。まさに風のように。

一夏のたった18日の経験が、透明な風のように通り抜ける。そんなデビュー作。
[5]1Q7Q年リリースのデビュー作ということで(2009-06-27)
 同じ作者による話題の最新作が2009年の5月にリリースされていることと、この同じ作者のデビュー作がちょうど30年前の1979年の同じ5月に発表されていることとの間には何か偶然以外の何かがあるのかとの軽い気分の勘違いに似た思い入れにとらわれて、この処女作を再読してみる。二度読む価値のない本は一度たりとも読む値打ちがないとは誰が言ったのだろうか(今、私も言ったが・・・・・)マックス・ヴェーバーが言ったのだ。でもこの本を読むのは二度目である。

 「1Q84」ではヤナーチェックの"シンフォニエッタ"とソニー&シェールの"The Beat Goes On"が刺身のつまのように現れてくるが、本書ではThe Beach Boys(海岸少年)の"California Giels"が爽やかに軽やかに、はたまた面白おかしくビールのおつまみのように聞こえてくる。またこのデビュー作に既に村上お得意のパラレル・ワールドの片鱗が見え隠れしないでもないといったら言い過ぎだらうか。
 そうそう、この本ではあの鼠先輩がカウンターデビューしている。歌ってないけど、ポテトの皮を剥くってスタイルで・・・・・。
[5]若者像を変えた作品。(2009-06-14)
印象的なフレーズと小道具(レコードやミュージシャン)、映画のカットのような挿入で読み手の想像力を刺激してくる作品です。この小説が、20代の若者の姿を変えたと思っています。それまで、青春小説というのは、若者の間で起きる事件、恋愛、大人になる前の青臭さ、若者の無軌道ぶりといった若さ、甘酸っぱさ、瑞々しさ、残酷さなどに起因する姿を描いたと思うのですが、多くの人にとって、青春時代というのは漠然とした時間の中に埋もれています。モンモンとしている時間といえるかもしれません。村上春樹さんは、それをこの作品で表現したと思います。サリンジャーのようなアメリカの作家がこういう世界を描いていましたが、日本では村上春樹さんが20代の若者を包んでいる空気を描くことに成功したと思います。この作品の生まれた頃が、日本がアメリカ並みの豊かさを備え、生きるために行動するよりも、若者は自分の世界を作り出すために時間を費やすというような、歴史が残さない時代の境目であったのだと思います。村上作品を支持したのは、そういう新しい時代に踏み込んだ若者達であったのではないでしょうか。翻訳本のような文体、何も起こらない世界を読ませるための、レトリックと文章作りの技巧が図抜けていると感じています。文章の巧みさがあるゆえに出来上がった小説だと思っています。
[5]やれやれな雰囲気(2009-05-26)
どんな小説にも印象的なフレーズは登場するが、それらは大体、主人公の考えや行動によって重みと真実味を持つ。この小説では印象的なフレーズが数多く散りばめられているが、ただ「散りばめられている」だけであって残念ながら何の説得力も持たない。例えば「天才とは1%のひらめきと、99%の努力である」というのはエジソンの名言であるが、これはエジソンの人生を知り、初めてその意味を考えられる訳である。そういう意味で、「最初のページだけでこの小説は終わる」とまで言っている人たちのことが僕には理解できない。

結局のところ、この小説を気に入るかどうかは、「やれやれ」という雰囲気(村上春樹が21歳だった時代の、つまり「誰もがクールに生きたかった時代の雰囲気)に共感できるかどうかだと思う。

と、批判的なレビューになってしまいましたが、僕としてはこの小説は非常に気に入っています。星5つ。
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