権利を守るための「訴訟」って何?

https://www.moj.go.jp/content/001167203.pdf

 

 

「訴訟」と聞くと、テレビドラマのような裁判を思い浮かべるかもしれませんね。でも、実は「訴訟」にはいろんな種類があるんです。今回のお話は、国や県などの役所(行政)のしたことがおかしい!と訴える「行政訴訟」のお話です。

もし、役所が私たちに「〜しなさい」とか「〜してはいけない」と命令を出してきたとき、その命令に納得できない場合は、裁判所に「その命令は間違っているから取り消してください」と訴えることができます。これを「取消訴訟」といいます。

 

川の管理と法律

 

今回のお話の舞台は、A県にあるB川という川です。川には、氾濫を防いだり、みんなが安全に利用できるように、国や県が「河川法」という法律に基づいて、しっかり管理しています。

この法律には、「河川区域」という、川として使う場所を定めるルールがあります。この区域に指定されると、勝手に建物を建てたり、土地を掘ったりすることができなくなります。

 

ケンカの始まり

 

今回のお話の主人公は、Cさんという人です。Cさんは、B川のそばにキャンプ場を作って、コテージを建てました。

でも、後から、A県知事が「そのコテージは、川の区域(河川区域)の中に建っているから、壊しなさい」と命令してきました。これが「本件命令」です。

これに対してCさんは、「いやいや、コテージは河川区域の外にあるはずだ!」と主張して、取消訴訟を起こしました。

 

新たな疑問

 

ここで、Cさんは弁護士さんに相談します。

「もし、万が一、コテージが本当に河川区域の中にあったとしても、この命令がおかしいと訴えることはできないかな?」

「そもそも、この河川区域の指定自体がおかしい!と訴えることはできないのかな?」

Cさんは、この2つの疑問を弁護士さんにぶつけました。今回の問題は、この2つ目の疑問、「河川区域の指定がおかしいと訴えることができるのか?」について考えるものです。

 

法律の視点から考える

 

じゃあ、河川区域の指定がおかしいと訴えるには、どうすればいいのでしょうか?

法律では、役所のした「命令」や「処分」が、裁判で争える対象になると決められています。

今回、A県知事が行った「河川区域の指定」は、この「処分」にあたるのでしょうか?

  • 「処分」にあたる場合:裁判で「この指定は間違っている!」と訴えることができます。

  • 「処分」にあたらない場合:裁判で争うことができません。

なぜなら、この「指定」が行われると、その土地の持ち主は、勝手に建物を建てたりできなくなるからです。つまり、個人の権利自由を制限することになるので、これは裁判で争うべき「処分」だと考えられるのです。

この「処分」にあたるかどうかを判断するためには、「河川法」という法律の中身をよく見ることが大切です。今回の問題は、この法律の条文を読み解きながら、「河川区域の指定」が、裁判で争える「処分」にあたるかどうかを、じっくり考えていくお話なのです。


 

 

 

 

【行政法・河川区域指定の処分性】

 

さて、C様からいただいたご相談のうち、今回は「本件命令の取消訴訟以外に、他にどのような訴訟を提起できるか」という点について、まず、その前提となる「河川区域の指定」の法的な性質、つまり「処分性」に絞って、ご説明させていただきます。


 

処分性とは?なぜ重要なのか?

 

そもそも、行政事件訴訟法(以下「行訴法」)は、国民の権利義務に直接影響を与える行政庁の行為(これを「処分」と呼びます)について、その適法性を争うための手続を定めています。したがって、「河川区域の指定」が、行訴法にいう「処分」にあたるかどうかが、取消訴訟の対象となるか否かを判断する最初の分かれ道となります。

「処分性」が認められるには、次の要件を満たす必要があります。

  1. 公権力の主体たる国または公共団体が行う行為であること

  2. 国民の権利義務に直接具体的な影響を及ぼす行為であること

この観点から、「本件指定」を、関係法令に即して分析してみましょう。


 

河川法第6条第1項第3号に基づく「河川区域の指定」

 

まず、河川法第6条第1項第3号を見てみましょう。この条文は、**「河川区域」**を指定する権限を、河川管理者(今回の場合はA県知事)に与えています。この指定は、同法第7条および施行令第3条によって、公示によって行われることになっています。

この**「河川区域の指定」**によって、具体的にどのような法的効果が生じるのでしょうか?これが、処分性を判断する上で最も重要なポイントです。

河川法には、河川区域内における行為を厳しく制限する規定がいくつかあります。

  • 河川法第24条:河川区域内の土地を占用するためには、河川管理者の許可が必要です。

  • 河川法第26条第1項:河川区域内での工作物の新築・改築、土地の掘削、盛土などを行う場合にも、河川管理者の許可が必要です。

これらの規定からわかるように、「河川区域の指定」は、土地の所有者や利用者に、許可なくしては特定の行為ができないという、法的義務を課す効果を持っています。つまり、指定を受けた土地の所有者の私的財産権の行使を制限するものです。

しかし、これらの制限は、あくまで「河川区域に指定された」という事実から、個別的・具体的に生じるものです。本件指定は、広大な範囲を指定するもので、C様のコテージを個別に指定するものではありません。

では、この一般的・抽象的な指定行為が、**「国民の権利義務に直接具体的な影響を及ぼす行為」**と言えるのでしょうか?

過去の判例(最判平成20年9月10日)では、**「河川区域の指定」**について、以下のような判断が示されています。

  • 指定そのものは、一定の区域を指定するにすぎない

  • この指定によって、直ちに個別の土地所有者の私権が制限されるわけではない

  • 具体的な制限は、その後の個別的な許可・不許可の処分によって初めて発生する

この判例の考え方を本件に当てはめると、「本件指定」は、広範な区域を画定する行為であり、それ自体が直接的にC様のコテージ建築の自由を奪うものではない、ということになります。なぜなら、実際に建築を制限する効果は、C様がコテージを建てようとした際に、許可申請を却下するなどの個別具体的な処分によって初めて生じるからです。

したがって、この判例の立場に立てば、「本件指定」は、行訴法上の「処分」には該当しない、と判断せざるを得ません。


 

C様へのアドバイス

 

以上の分析から、「本件指定」は、行訴法上の「処分性」が認められる可能性は極めて低いと考えられます。

したがって、本件指定そのものの取消しを求める訴訟を提起することは難しいでしょう。

しかし、ご相談いただいた**「本件命令」の取消訴訟については、C様が主張できる論点が他にもあります。この点については、改めて詳しくご説明いたしますので、まずはこの「処分性」**という概念をご理解いただければ幸いです。

何かご不明な点がありましたら、いつでもご質問ください。