産地・販売地表示(1)― 商標法3条1項3号の趣旨
商標・意匠・不正競争判例百選 第2版(別冊ジュリスト no. 248)
〔ワイキキ事件〕 最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決
事実の概要
被告Yは、指定商品を旧第4類「せっけん類、歯磨き、化粧品、香料類」とし、「ワイキキ」の片仮名4文字を横書きした登録商標(本件商標)の商標権者でした。原告Xは、本件商標が旧商標法3条1項3号(現行商標法も同様の規定)の「商品の産地、販売地…を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当し、かつ同法4条1項16号の「商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標」にも該当するとして、無効審判を請求しましたが、特許庁は請求不成立の審決をしました。
Xが審決取消訴訟を提起したところ、東京高裁は、ワイキキが登録時すでに観光地として著名であり、同地の土産品に花香水があったことから、「ワイキキ」の文字を香水等の化粧品に使用すれば、需要者にワイキキで生産販売された土産品であるかのような誤認を生じさせ、その他の指定商品についても同様の誤認を生じさせるとして、本件商標は3条1項3号および4条1項16号双方に該当すると判断し、審決を取り消しました。
Yがこの判決を不服として上告しました。
判旨(最高裁)
最高裁は上告を棄却し、原判決を維持しました。特に商標法3条1項3号の該当性について、商品の産地・販売地を表示する標章が需要者に誤認を生じさせるものであることを要するかという点に重点を置き、以下のとおり判示しました。
商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、このような商標は、商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章であって、取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであることによるものと解すべきである。叙上のような商標を商品について使用すると、その商品の産地、販売地その他の特性について誤認を生じさせることが少なくないとしても、このことは、このような商標が商標法4条1項16号に該当するかどうかの問題であって、同法3条1項3号にかかわる問題ではないといわなければならない。
そうすると、右3号にいう「その商品の産地、販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」の意義を、論旨のように、その商品の産地、販売地として広く知られたものを普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものであって、これを商品に使用した場合その産地、販売地につき誤認を生じさせるおそれのある商標に限るもの、と解さなければならない理由はない。
解説
本判決は、最高裁が商標法3条1項3号の趣旨を明確に示した重要な判例であり、後のGEORGIA事件最高裁判決(本書3事件参照)とともに、同号の解釈における重要な基準となっています。
最高裁は、3条1項3号の趣旨を以下のように整理しました。
- 公益性: 産地や販売地などの表示は、取引において必要不可欠な情報であり、何人もが自由に使えるべきであるため、特定人による独占は公益に反する。
- 識別力欠如: 一般的に使用される標章であり、多くの場合、商品の出所を示す識別力に欠ける。
そして、産地・販売地の表示が商品の誤認を生じさせるかどうかは、3条1項3号の問題ではなく、4条1項16号(商品の品質誤認のおそれ)で判断すべき事項であると明確に示しました。したがって、ある標章が商品の産地や販売地を普通に用いられる方法で表示するものであるならば、たとえ直ちに誤認を生じさせるおそれがなくても、3条1項3号に該当し、登録を受けることはできないと解されます。
本判決は、産地・販売地表示の商標登録の可否を判断する上で、その標章が産地・販売地を普通に用いられる方法で表示しているかという点に着目すべきであり、誤認のおそれは原則として考慮しないという重要な原則を示しました。