法学教室 2024 年度演習 行政法設問集-8

 

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本件取消決定の適法性に関するY・Xの主張

本件は、東日本大震災における被災者生活再建支援金の支給決定後、罹災証明の再認定に基づき、支給決定が取り消された事案である。Y(公益財団法人都道府県センター)による本件取消決定の適法性について、X(世帯主)とYそれぞれの立場から主張を論じる。

1. Yの主張

Yは、以下の根拠に基づき、本件取消決定は適法であると主張する。

  • 罹災証明の再認定の有効性:
    • A区による本件マンションの再調査は、内閣府事務連絡及び仙台市の調査票に基づき、適正な手続きを経て行われた。
    • 再調査の結果、本件マンションの被害程度は「一部損壊」と認定され、この認定に誤りはない。
    • 職権による再調査は違法ではないため、再認定は有効である。
  • 支援金支給決定の瑕疵:
    • 本件支援金は、大規模半壊世帯に対する支援を目的とするものであり、一部損壊世帯であるXは支給対象外である。
    • 当初の支給決定は、A区による誤った罹災証明に基づいて行われたものであり、瑕疵が存在する。
  • 公益性:
    • 支援金の適正な支給は、被災者支援制度の根幹に関わる重要な事項である。
    • 誤った支給決定を放置することは、制度への信頼を損ない、真に支援を必要とする被災者への支援を妨げる。
    • よって、Yは、行政行為の訂正として、本件支給決定を取り消すことは適法である。
  • 判例の存在
    • 最高裁判例令和3年6月4日判決(令和2年(行ヒ)第133号)において、被災者生活再建支援法に基づき被災者生活再建支援金の支給決定をした被災者生活再建支援法人が支給要件の認定に誤りがあることを理由として当該決定を取り消すことができるとされた事例が存在する。

2. Xの主張

Xは、以下の根拠に基づき、本件取消決定は違法であると主張する。

  • 信頼の保護:
    • Xは、A区長の交付した罹災証明及びYの支給決定を信頼し、本件支援金を受領した。
    • Yは、Xの信頼を裏切る本件取消決定を行うべきではない。
    • 行政の決定は、国民の信頼を基盤としており、一度決定された行政処分は、特別な事情がない限り尊重されるべきである。
  • 手続きの不当性:
    • A区による再調査は、5万件弱の第1次調査の中で本件を除いてほとんど行われておらず、異例である。
    • 再調査及び再認定のプロセスは、Xに対する十分な説明や意見聴取を欠いており、手続き的に不当である。
  • 法的安定性:
    • 支援法上、給付を受けた者に対して返還を求めることを可能とする規定がない。
    • これは、法的安定性を重視し、一度支給された支援金の返還を求めないという立法者の意思を示すものである。
    • 支援金の返還請求ができないにもかかわらず、支給決定の取消を認めることは、法の趣旨に反する。
  • 生活再建への影響:
    • Xは、本件支援金を生活再建のために既に消費しており、今になって返還を求められても応じることができない。
    • 本件取消決定は、Xの生活再建を著しく困難にするものである。

3. 結論

本件取消決定の適法性は、信頼の保護、手続きの適正性、法的安定性、生活再建への影響といった観点から、慎重に判断されるべきである。

4. 補足

  • Yは、Xに対する支援金の返還請求はできないが、A区に対して損害賠償請求を行うことは可能である。
  • Xは、A区に対して、再調査及び再認定のプロセスにおける手続き的瑕疵を理由に、損害賠償請求を行うことも考えられる。