解説:「契約は当事者の法」の原則とその制約について

本テキストでは、「契約は当事者の法」(العقد شريعة المتعاقدين)という法原則について説明し、特定の状況においてこの原則が制限されるケースを解説しています。モロッコ債務・契約法(C.O.C.)第230条を引用しながら、法律が契約の履行や条件に介入する理由を述べています。以下、そのポイントを整理して解説します。


1. 「契約は当事者の法」の原則とは?

この原則は、契約が一度締結されると、その内容は当事者双方にとって法律と同じ効力を持ち、双方の合意がなければ契約内容を変更・解除できない というものです。つまり、契約内容は当事者の自由な意思に基づいて決定され、他者(国家や第三者)が介入すべきではないという考え方です。これは契約自由の原則(حرية التعاقد)とも深く関係しています。


2. 例外としての法律による制限

ただし、この原則にはいくつかの例外があり、特定の場合には法律が契約の履行や内容変更に介入することがあります。

① 公序良俗(النظام العام والآداب العامة)の保護

国家は、社会秩序を維持し、公正な取引を確保するために、契約内容が公共の利益や倫理的価値観に反しないよう介入することがあります。特に、契約関係において 「弱者」(例えば、労働者や消費者)を保護する必要がある場合、国家は法的介入を行う ことが認められています。

② 一定の契約における補充的規定(قواعد مكملة وليست آمرة)

法律の中には、契約の自由を制限するものではなく、むしろ 当事者の合意を補完する形で規定されるもの もあります。これは、当事者が特に取り決めをしていない場合に適用される「補充的規定」(任意規定)です。例えば、雇用契約や売買契約におけるデフォルトの契約条件がこれにあたります。

③ 契約の履行段階での国家介入

国家は、契約成立の段階だけでなく、その 履行段階 でも一定の制約を課すことがあります。例えば、極端なインフレや経済危機などの理由で、契約における金銭的な義務が大きく変動する場合、法律が介入して契約条件を修正することがあります。


3. モロッコ債務・契約法(C.O.C.)第230条の解釈

第230条の内容:

「適法に成立した契約上の義務は、当事者に対して法律と同等の効力を持ち、当事者の合意または法律で定められた場合を除き、解除または変更することはできない。」

この条文は、「契約は当事者の法」の原則を確認すると同時に、法律による例外的な介入が認められる場合がある ことも示しています。つまり、通常は契約内容を変更・解除するには両当事者の合意が必要ですが、特定の法的規定に基づいて変更される場合もあるということです。


4. 経済的要因による法律の介入

テキストの最後では、経済的な理由(特に貨幣価値の変動)によって、国家が契約内容に介入するケースがあることを説明しています。

  • 金融政策と通貨価値の変動

    • 例えば、インフレが進むと、お金の価値が下がり、契約で定められた金銭的な義務(例えば、賃金や支払い金額)の実質的な価値も低下します。
    • その結果、契約で決められた金額の支払いが、当初の価値に比べて実質的に意味をなさなくなる可能性があります。
  • 国家の介入(例:第一次世界大戦後の経済政策)

    • 過去の戦争や経済危機により、各国は通貨価値の安定を図るために介入を行い、契約上の金銭的義務を修正する法律を制定しました。
    • 例えば、政府が契約の一部を強制的に変更したり、契約条件を一時的に凍結することがあります。

このように、経済的要因が契約の安定性に影響を与える場合、国家が介入し、契約内容を修正することがある ということを説明しています。


5. まとめ

  • 「契約は当事者の法」の原則 は、契約内容は当事者の自由な意思によって決定され、変更・解除には当事者の合意が必要であるという原則。
  • しかし、この原則には例外があり、法律が以下のような目的で介入することがある。
    1. 公序良俗の保護(契約関係における弱者保護)
    2. 補充的規定(当事者の合意を補完する規定)
    3. 契約の履行段階での制約(契約締結後の国家介入)
  • モロッコ債務・契約法(C.O.C.)第230条は、契約の原則を確認しつつ、法律による変更の可能性を示している。
  • 経済的要因(インフレなど)によって、国家が契約内容に介入することがある。特に、第一次世界大戦後の金融政策は契約の自由を制約する要因となった。

このように、テキストでは「契約の自由」と「法律による介入」のバランスについて論じており、契約の安定性を維持しながらも、必要に応じて国家が調整を加える法的枠組み について説明しています。