売買 3 効果と権利義務 3.2 危険負担 マーリク派

 

イスラーム法のマーリク派における売買契約に関連する「危険負担」についての解説です。特に、売買契約の目的物が滅失した場合、どちらの当事者がそのリスクを負うかについて述べています。マーリク派の法理では、具体的な状況に応じてリスクの所在が異なり、以下のような場合分けがなされています。

  1. 目的物が自然的原因で滅失した場合

    • 代金が例えば「1カフィーズ当たり」といった単位で定められている場合、計量前に滅失した場合は売主がリスクを負い、契約は解除されます。
    • 目的物が一塊として特定されていた場合、滅失した場合のリスクは買主に移ります。
  2. 売主が目的物を滅失させた場合

    • 単位当たりの代金が定められている場合、引き渡し前に目的物が滅失したならば、売主は同等のものを供給する義務を負います。
    • 目的物が一塊として特定されていた場合は、売主がその価額をディルハムまたはディーナールで買主に支払う義務を負います。
  3. 第三者が目的物を滅失させた場合

    • 単位当たりの代金が定められている場合、計量前に第三者によって滅失したならば、売主は同じ品質・量のものを供給する責任を負いますが、その代金は第三者に請求できます。
    • 計量後に第三者が滅失させた場合は、買主が第三者に対して同じ品質・量のものを請求する権利を持ちます。

これにより、契約における目的物が自然災害や第三者の行為で失われた場合でも、具体的な契約の内容や状況に応じて、どちらが責任を負うかが決定されます。この点がマーリク派における危険負担の特色です

 

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日本の労働関係法における「危険負担」という概念は、売買契約における物品の引き渡しと異なり、労働契約においては従業員の労務提供に関連するリスクの分担が焦点となります。労働契約において、何らかの理由で労務が提供できなくなった場合、そのリスク(危険)をどちらが負うかについて、日本の労働関係法の観点から説明します。

1. 労働契約法におけるリスク分担

労働関係では、労働者が仕事を提供できなくなった場合、または使用者が労働者に仕事を提供できなくなった場合、どちらが賃金を支払う義務を負うかという点で、リスクの分担が問題になります。

  • 労働基準法第26条(休業手当) 使用者の責に帰すべき事由によって労働ができなくなった場合、使用者は労働者に対して平均賃金の少なくとも60%の休業手当を支払わなければなりません。

    → これは、労働者の責任ではなく、使用者側の都合で労働ができなくなった場合に適用されます(例: 会社の経営不振や一時的な工場の閉鎖など)。この場合、使用者がリスクを負います。

  • 不可抗力による労務提供の中断 天災や事故などの不可抗力により労働ができなくなった場合、使用者の責任がないため、労働者に賃金が支払われないことがあります。例えば、地震や台風で事業所が一時的に閉鎖された場合、使用者が休業手当を支払う義務はないと解釈されることが一般的です(労働基準法第26条の適用外)。

    → この場合、労働者がリスクを負うことになります。

2. 労働基準法における賃金の支払い義務

労働基準法では、原則として労働者が労務を提供した場合にのみ賃金が支払われると定められています。しかし、労働者が仕事を提供できない状況が使用者側の責任に帰すべき場合には、賃金や休業手当の支払い義務が発生します。

3. 判例におけるリスク分担の考え方

判例では、労働者が自己の責めに帰すべき事由によらないで労務を提供できない場合でも、労働契約に基づく賃金請求権を有する場合があります。特に使用者側にリスクがあると判断される場合には、賃金支払義務が維持されることがあり、その具体的な判断は個別の事例に依存します。

4. 具体例

  • 企業の業務縮小や一時休業
    会社が経営不振やその他の事情で一時的に休業を決定した場合、その理由が使用者側の都合であるときは、労働基準法第26条に基づき、使用者は休業手当を支払わなければなりません。

  • 自然災害による休業
    台風や地震などの不可抗力による事業所の一時閉鎖の場合、休業手当の支払い義務は生じないことがあります。ただし、企業が予見可能でありながら適切な対策を講じなかった場合には、使用者の責任が問われ、休業手当を支払う必要があるケースもあります。

5. コロナ禍における事例

新型コロナウイルスのパンデミックでは、多くの企業が一時休業を余儀なくされました。この際、休業が企業の判断で行われた場合は、労働基準法第26条に基づいて休業手当が支払われましたが、行政命令による休業(不可抗力)については、休業手当の支払い義務がない場合もありました。


まとめ

日本の労働関係法では、労務提供が中断された場合の「危険負担」は、使用者の責任による場合には使用者が負い(休業手当の支払い義務)、不可抗力による場合には労働者がそのリスクを負う形となっています。労働者保護の観点から、使用者側にリスクを負わせる規定が設けられている一方で、不可抗力の場合には例外が設けられており、実際の判断は具体的な状況に依存します。