売買 3 効果と権利義務 3.1 目的物の受領と代金の支払い 目的物の処分

 

イスラーム法における売買契約の効果、特に目的物の受領と代金の支払いに関連する権利義務について、主要なイスラーム法学派(ハナフィー派、マーリク派)の解釈の違いを解説しています。

1. ハナフィー派

ハナフィー派における基本的な立場は、受領は売買契約において重要な役割を果たし、特に危険負担(目的物が滅失した場合の責任)が移転する時点とされます。目的物の処分については、以下の見解があります:

  • アブー・ハニーファ: 動産については受領前の売却はできないが、不動産については可能とされる。
  • シャイバーニー: 動産も不動産も受領前の売却は認められない。
  • アブー・ユースフ: 当初シャイバーニーと同じ立場でしたが、後にアブー・ハニーファの見解を支持しました。

2. マーリク派

マーリク派では、目的物の種類に応じて異なる規則が適用されます:

  • 飲食料以外の目的物は、買主が受領する前に売却することができるが、代金支払いに期限を付けることはできません(「ダインとダインの交換」の禁止に抵触するため)。
  • 飲食料であっても、その数量が指定されていない場合は、受領前の売却が可能。
  • 飲食料でその数量が指定された場合は、通常は目的物を受領してからでなければ売却できませんが、特定の条件下(合意解除、持分権譲渡、タウリヤ売買)では受領前でも売却が可能です。

3. 特殊な処分行為

マーリク派では、まだ受領していない目的物を婚資や賃金、賃料に充てることはできないとされています。さらに、買主が不適正な売買に基づいて目的物を受領した場合、その滅失の危険は買主に属します。この場合、奴隷解放や売却、サダカ、贈与といった処分行為が受領や原状乖離とみなされるかについては、4つの説が存在します。

 

ーーー

日本法における売買契約に関しても、イスラーム法と同様に、目的物の引渡しと代金の支払いに関する権利義務が規定されていますが、その考え方や適用にはいくつかの違いがあります。以下に、日本の民法における売買の基本的な規定を簡単に説明します。

1. 売買の成立と義務

日本法では、売買契約は 意思表示の合致(申込みと承諾)によって成立します(民法第555条)。つまり、売主と買主が合意すれば、売買契約は成立し、その後に目的物の引渡しと代金の支払いが行われます。

売主の主要な義務は 目的物の引渡し所有権の移転 です。一方、買主は 代金の支払い義務 を負います(民法第555条)。

2. 危険負担

日本法では、危険負担については「債務者主義」が採用されています。これは、売主が目的物を引き渡す義務を履行しない限り、その目的物が滅失した場合、原則として売主がその責任を負うという考え方です(民法第534条)。ただし、買主が受領可能な状態にあるにもかかわらず引渡しを受けない場合には、その後の滅失や損害について買主が責任を負うことがあります(民法第536条)。

イスラーム法と異なり、危険負担の移転が明確に引渡し時点に依存している点が特徴です。

3. 目的物の引渡し前の処分

日本法では、売主が目的物を引渡す前に第三者に売却することについて特段の制限は設けられていません。ただし、売主が買主に対して目的物を引渡す義務を負っている場合、第三者への売却は履行の妨害となる可能性があります。

一方、買主が目的物を受け取る前にこれを他者に転売することは可能です。これは、売買契約が成立した時点で所有権が移転することが原則であるためです(民法第176条)。ただし、動産の売買においては、第三者に対抗するためには 引渡し(民法第178条)が必要です。

4. 代金の支払いと期限

代金の支払いについては、特に制限がない限り、当事者の合意によって支払い時期や方法を自由に決定することができます。支払い期限を定める場合でも、イスラーム法のように「ダインとダインの交換」の禁止などの制約は存在しません。

まとめ

日本法とイスラーム法を比較すると、日本法では売買契約の成立時に所有権が原則として移転し、危険負担は引渡しまで売主にあります。また、目的物の受領前でも転売が比較的自由に行える点が特徴です。イスラーム法では、受領前の処分や支払いに関して学派ごとに異なる制約がある点が日本法との大きな違いです