@イスラーム法 売買 2 有効要件 2.2 禁止される売買 代金額の吊り上げ
イスラーム法における売買に関連する禁止事項について説明しています。特に、「代金額の吊り上げ(najsh/tanājush)」や「市価統制(tas'ir)」に関する法的見解が述べられています。
代金額の吊り上げ(najsh/tanājush)
Najshとは、競売において、購入の意思がない者が故意に値段を吊り上げる行為を指します。これによって、他の入札者が実際の市場価値を超える金額で品物を購入することを促します。この行為はイスラーム法において非倫理的とされ、以下のように各学派で議論されています。
- ハナフィー派: 売主が通謀したかどうかに関係なく、契約自体は有効であるとしています。
- マーリク派: 通謀がない場合、契約は有効ですが、買主は契約を追認するか解除するかを選べるという見解があります。
- シャーフィイー派: 通謀がない場合、選択権は発生せず、通謀があった場合の解釈は分かれており、買主に選択権を与える説と、買主に自己責任を求める説があります。
- ハンバル派: 契約は有効とされますが、過剰な損害があれば、買主には選択権が与えられるとしています。
市価統制(tas'ir)
市価統制とは、特に食糧などの価格を政府が固定する行為です。イスラーム法では以下のように解釈されています。
- シャーフィイー派: 原則として市価統制は常に禁止されるが、異説として市価が高騰している場合のみ認める見解も存在します。
- ハナフィー派とハンバル派: 市価統制自体を禁止する見解を取っており、その論拠として、預言者ムハンマドが市価統制を拒否したハディースが挙げられています。
参考ハディース
預言者ムハンマドは、価格が上昇した際、価格統制を求められたが、「神こそが市価を決定する」と答え、市場価格への干渉を避けました。このハディースは、市場メカニズムを尊重するイスラーム法の立場を表しています。
このように、イスラーム法では市場取引における透明性と公正性を重視し、不当な価格操作や不正行為を禁止しています。各学派によって微妙な解釈の違いが存在しますが、共通しているのは市場の公正性を守るための措置を強調している点です
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日本法における売買契約や価格操作については、イスラーム法とは異なる法体系に基づいています。主に民法や独占禁止法、景品表示法などが関連法として機能し、不正な取引や価格操作が規制されています。
1. 日本民法における売買契約
日本の民法は、売買契約に関して明確な規定を持っています。売買契約は、当事者が合意し、価格が決定されたときに成立します(民法555条)。この契約の効力や成立に関しては、詐欺や強迫など不正な手段があった場合は取り消すことができます(民法96条)。ただし、通常の競りや価格交渉において、双方の自由な意思で価格が決まることを前提としています。
2. 独占禁止法と不公正な取引
日本では、不正な価格操作や市場の競争を制限する行為は「独占禁止法」によって規制されています。具体的には、次のような行為が禁止されています。
- 不当な取引制限: 価格カルテルや談合といった、複数の事業者が価格を操作して市場の自由競争を妨げる行為。
- 不公正な取引方法: 不当な価格操作や市場操作により、競争相手を排除したり、消費者に不利益を与える行為。
これらの行為は公正取引委員会によって監視され、違反が認められた場合には厳しい処罰が科されます。
3. 景品表示法と消費者保護
景品表示法は、消費者が誤認するような表示や不当な価格吊り上げを禁止しています。例えば、実際には値上げしていないにもかかわらず「特価」や「期間限定」といった表示をして商品を売り込むことは、不当表示として問題視されます。
4. 競売における価格操作
日本において、競売やオークションにおける価格吊り上げ行為(いわゆる「さくら入札」)は、不正競争防止法や刑法の詐欺罪に該当する可能性があります。競売において、意図的に価格を吊り上げる行為は、正当な取引を妨害する行為とみなされ、法律によって厳しく取り締まられます。
比較
イスラーム法では、倫理的な観点から市場における透明性と公正性が強調され、特に宗教的な規範に基づく価格吊り上げの禁止が重要視されています。日本法では、同様に価格操作は禁止されているものの、世俗的な法体系に基づき、特に公正な市場競争を維持するために具体的な法律(独占禁止法や不正競争防止法など)が存在しています。
どちらの法体系においても、公正な取引を保護するための措置は重要視されている点で共通していますが、イスラーム法が宗教的規範を根拠にしているのに対し、日本法は近代的な法体系に基づく世俗的な規制が特徴です