@イスラーム法 売買 2 有効要件 2.1 目的物

 

 

イスラーム法における売買契約の有効要件について、特にハナフィー派の観点から説明しています。売買契約における目的物(mabi、「被売物」)と代金(thaman)の区別、そしてそれがどのように決定されるかに焦点を当てています。

目的物と代金の区別の実益

売買契約において、物が目的物であり、金銭が代金であることを区別することで、二つの実益が生じます。

  1. 危険負担:

    • 買主が目的物を受領する前にその物が滅失した場合、売買契約は解除されます。これは、例えばサラム契約(将来のある時点で商品を提供する売買契約)の場合、契約中で指定された物が市場で入手不可能になったり、物理的に存在しなくなったりしたときに適用されます。

    • 一方、代金が受領前に滅失した場合、同等ないし近似の物が存在する限り、買主は代金を支払う義務が残ります。ただし、支払い時点で同等の物が存在しない場合、学説は対立します。

  2. 銅貨の事例:

    • 契約時には流通していた銅貨が、支払い時には貨幣として認識されなくなった場合、アブー・ハニーファは契約が解除されるとし、アブー・ユースフとシャイバーニーは、売主が契約を解除するか、銅貨の価額を請求する権利があるとします。

    • 価額の算定基準については、アブー・ユースフが契約時点を基準とし、シャイバーニーは決済が行われなくなった時点を基準とする見解を取ります。

これにより、貨幣の流通状況の変化が契約の履行にどのように影響するか、またイスラーム法における契約解除や代金請求の条件についても触れています

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日本法においても、売買契約における「目的物」と「代金」の区別は重要です。特に、契約が成立した後、目的物が受領される前に滅失した場合や、代金の支払いが行われる前に問題が発生した場合の処理については、民法に詳細な規定があります。イスラーム法と比較すると、日本法では以下の点が特徴的です。

日本法における売買契約の有効要件

  1. 危険負担に関する規定(民法536条~537条):

    • 日本法では、売買契約の成立後に目的物が滅失した場合のリスクの分担について、「危険負担」の概念が用いられます。
    • 原則として、売主が目的物を引き渡すまでは、売主が滅失や損傷に対する危険を負います(民法534条)。したがって、引渡し前に目的物が滅失した場合、買主は代金を支払う義務を負わないか、支払済みの場合は返還請求が可能です。
    • 一方、買主が受領後に目的物が滅失した場合は、買主がそのリスクを負います。
  2. 代金の支払いに関する規定(民法575条):

    • 日本法では、売買契約の成立により、買主は目的物の引渡しを受ける権利を取得し、売主は代金を請求する権利を持つことになります。買主が代金の支払いを拒んだり、支払えなかった場合、売主は契約の解除ができることがあります。
    • 代金に関しては、契約時に支払い方法や期限が決められていない限り、通常は目的物の引渡しと同時に支払う義務があります。

イスラーム法との比較

  • 目的物の滅失については、イスラーム法では買主が目的物を受領する前に滅失した場合、売買契約は解除されますが、日本法でも同様に引渡し前の滅失に関しては売主がリスクを負います。両法ともに、引渡し後は買主がリスクを負うという点で共通しています。

  • 代金の扱いについて、イスラーム法では代金が滅失した場合の扱いに関してさまざまな学説がありますが、日本法では代金が支払われなかった場合、売主は一定の権利(契約解除や損害賠償請求)を行使することができると明確に規定されています。

  • 通貨の滅失について、日本法では代金としての通貨が滅失するという具体的な規定はありませんが、一般的には代替的な支払いが可能な場合は義務が残ります。イスラーム法における銅貨の事例は、日本法では代金そのものの問題というより、通貨制度が変わるようなケースにおいて、新しい制度に従って調整されるでしょう。

全体的に、契約の履行に関する原則は似ていますが、イスラーム法の複数の学説に基づく柔軟な解釈と、日本法の明文化された統一的なルールという違いが見られます。