【事案】
本件は、74歳の女性が薬局において調剤ミスにより誤って糖尿病薬を服用した結果、半年後に死亡したという事案である。遺族は、薬局および薬剤師に対して3850万円の損害賠償を求めて提訴した。ここで問題となるのは、薬局および薬剤師における債務不履行責任および不法行為責任の成否である。
【問題提起】
本件の主な論点は以下の通りである。
- 薬剤師および薬局の債務不履行責任が認められるか。
- 債務不履行責任が認められない場合、不法行為責任が認められるか。
- 仮に責任が認められる場合、損害の範囲および因果関係がどのように認定されるか。
【債務不履行責任の検討】
まず、薬剤師と患者の間には調剤における契約関係が成立している。薬剤師は、患者に対して処方箋に基づいた正確な薬剤を提供する義務を負うが、調剤ミスにより誤った薬剤を提供した場合には、契約上の債務を履行しなかったとして債務不履行責任が発生する(民法415条)。
この点、調剤ミスは薬剤師の職務上の義務違反であり、薬局の管理責任とも関係するため、薬剤師のみならず薬局自体にも共同責任が発生する可能性が高い。
【不法行為責任の検討】
次に、不法行為責任については、民法709条に基づき「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した場合」に成立する。本件では、薬剤師の過失によって患者が誤った薬剤を服用し、最終的に死亡に至ったことから、不法行為責任が認められる可能性がある。
過失の有無については、薬剤師の注意義務違反が問われる。具体的には、患者に対する適切な薬剤の選択・確認義務を怠った点が争点となる。医療従事者には高度な注意義務が要求されるため、一般的には過失が認定されやすいと考えられる。
【因果関係の検討】
次に、因果関係の有無については、誤った薬剤の投与と患者の死亡との間に直接的な因果関係があるかどうかが検討される。糖尿病薬の誤投与が患者の健康に重大な影響を及ぼし、死亡に至るまでの経過が医学的に立証される場合、因果関係は認められると考えられる。
また、半年後に死亡している点については、死亡までの時間的な隔たりが問題となる可能性があるが、医学的証拠によって因果関係が認定される場合、責任は免れないだろう。
【損害賠償の範囲】
損害賠償の範囲については、被害者が受けた損害に基づいて判断される。医療事故における損害賠償には、治療費、慰謝料、死亡による逸失利益などが含まれる。3850万円という請求額が妥当かどうかは、被害者の年齢、収入、生活状況などが考慮される。
【参考判例】
類似の事例として、医療過誤が原因で患者が死亡した場合、医療従事者や医療機関に対して損害賠償が認められた判例として、最判昭和62年11月27日(民集41巻8号1825頁)がある。本件では、医療過誤による因果関係が明確である場合、過失責任が認定され、相応の賠償金が命じられている。
【結論】
本件においては、薬剤師および薬局に対する債務不履行責任、不法行為責任が認められる可能性が高い。さらに、因果関係および損害の範囲についても、医学的な立証によって死亡との関係が認められれば、遺族の賠償請求は妥当であると判断されるだろう。