刑訴法
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捜索差押許可状の適法性
捜索差押許可状の適法性については、刑事訴訟法第219条および第220条が基準となります。具体的には、以下の点に着目して捜索差押許可状が適法かどうかを判断する必要があります。
1. 許可状発付の要件
捜索差押許可状が発付されるには、犯罪事実、被疑者、捜索場所、および差し押さえるべき物が適切に特定されていなければなりません(刑訴法第219条)。この特定性要件が満たされているかを検討します。
本件では、捜索差押許可状には次のように特定されています:
- 犯罪事実:「覚醒剤営利目的所持事実」
- 被疑者:「甲」
- 捜索場所:「Yビル201号室」
- 差し押さえるべき物:「覚醒剤等」
これらは具体的に特定されているため、特定性要件は充足しており、許可状発付の形式的要件は満たされています。
2. 令状主義
捜索差押許可状の発付は、裁判官の発行した令状に基づくものであり、これは憲法第35条が保障する令状主義に基づくものです。捜索や差押は、令状に基づかなければできないとされており、本件では司法警察員Kが適法に令状を取得していることから、この点に問題はありません。
3. 捜索・差押の必要性
捜索差押許可状は、被疑者の犯罪に関連する証拠物の発見が必要かつ合理的である場合に発付されます。本件では、覚醒剤密売の疑いがあり、過去に覚醒剤取締法違反前科がある甲を対象にした捜索であり、覚醒剤やその他の関連証拠を差し押さえる必要性は合理的と認められます。
4. 捜索場所の適正性
捜索差押許可状に記載された「Yビル201号室」という捜索場所についても、犯罪の可能性が高い場所として特定されており、この点についても適法性に問題はありません。
判例の考え方
最判昭和51年6月25日(いわゆる「立ち入り強制捜査事件」)では、許可状が適法に発付されている場合、その実行も適法であるとされる一方、許可状の範囲を超えた捜索・差押は違法とされる可能性があるとされています。本件では、許可状が適法に発付され、特定された場所と物に基づく捜索が行われているため、許可状の適法性自体は維持されています。
結論
本件における捜索差押許可状は、犯罪事実、被疑者、捜索場所、差し押さえるべき物が適切に特定され、適法に発付されたものであり、その適法性に問題はないといえます。ただし、許可状の執行方法が適正であるかどうかは、別途検討する必要があります。
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宅配業者を装った行為の適法性
宅配業者を装った行為の適法性は、捜査時における令状の告知義務や欺罔(ぎもう)行為の問題と関連しています。捜査機関は令状に基づいて捜索・差押を行う場合、令状を呈示してその旨を告知する義務があります(刑事訴訟法第222条、第220条)。これに対して、宅配業者を装う行為が、適法な捜査手段といえるかどうかが問題になります。
1. 令状の告知義務とその例外
原則として、捜査機関が捜索・差押を行う際には、捜索差押許可状を提示し、被疑者にその内容を告知しなければなりません(刑事訴訟法第220条)。しかし、例外的に告知を遅らせることが許される場合があります。それは、被疑者が逃走する、あるいは証拠を隠滅する可能性があり、直ちに捜索が必要な場合です。
本件では、甲が捜索を警戒し、さらに甲の配下とみられる男数名が常時待機しているとの情報があったため、捜査官Kは甲がすぐに玄関の鍵を開けず、証拠隠滅を図る可能性があると判断し、宅配業者を装って解錠させようとしました。この行為は、直ちに捜索を行う必要性があったという理由で行われたものであり、合理的な目的があったといえます。
2. 欺罔行為の問題
宅配業者を装うことは欺罔行為に該当します。欺罔行為とは、相手に誤解を与え、その誤解を利用して行為を誘導することです。刑事訴訟法には欺罔行為に関する明文規定はありませんが、最高裁判所は、欺罔行為を用いて捜索を行うことについて、原則として許されないとしています。
判例(最判平成10年2月13日)は、捜査官が被疑者に虚偽の身分を装って捜索を行う行為が違法であるとし、令状主義を守る必要性を強調しています。この判例に照らすと、宅配業者を装う行為は被疑者に対する欺罔行為に該当し、その適法性が否定される可能性があります。
3. 適法とされる場合
宅配業者を装った行為が適法とされるためには、例外的に認められる厳しい要件を満たす必要があります。例えば、被疑者が高い確率で逃走する可能性がある、もしくは証拠隠滅のおそれが極めて高い場合に、やむを得ない手段として欺罔行為が行われる場合に限り、許される可能性があります。
本件では、甲が警戒し、証拠隠滅を図る可能性がある状況下であったことから、捜査官が直ちに通常の方法での捜索が不可能であると判断した可能性があり、一定の合理性は認められるものの、判例の立場を考慮すると、この行為は違法とされる可能性が高いと考えられます。
結論
宅配業者を装って捜索に入ろうとする行為は、令状主義および告知義務に反する可能性があり、判例の立場からは違法であると評価される可能性が高いです。特に、被疑者に虚偽の情報を提供する欺罔行為は、基本的には許されないとされているため、本件においても適法性は否定されることが予想されます。
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ドアの鎖錠切断の適法性
ドアの鎖錠を切断して捜索に入った行為については、強制的な捜索・差押えの方法が適法かどうかが問題になります。この行為が、令状主義に基づいて適切に行われたかどうかを検討する必要があります。
1. 令状に基づく強制捜査の範囲
刑事訴訟法第220条は、捜索・差押許可状に基づく強制的な捜索・差押えを認めています。しかし、この強制の範囲は、適正な手段を講じることが前提となります。すなわち、必要かつ合理的な範囲でのみ、物理的な強制力が許されることになります。
本件では、捜索差押許可状に基づいて捜索を行うため、甲の居住する部屋の玄関ドアを開ける必要がありました。甲がドアをすぐに開けない場合、捜査官は証拠隠滅や逃走を防ぐために強制的に入る必要があると判断して鎖錠を切断しています。
2. 適法性の判断基準
このような強制力の行使が適法であるかどうかの判断基準としては、必要性と相当性がポイントとなります。判例(最判平成10年9月30日)では、強制捜査においては、必要かつ相当な範囲での強制力行使が許されるとされています。
本件では、捜索の対象である覚醒剤の証拠隠滅の可能性があり、また、甲の配下と思われる者たちが部屋に待機しているとの情報もありました。これにより、警察官が証拠を確保するために迅速に室内に入る必要があったと考えられます。このため、鎖錠を切断する行為は、証拠隠滅を防ぐために必要かつ相当な手段であったといえる可能性が高いです。
3. 判例の検討
判例においても、強制捜査の際に必要な場合には物理的な強制力を行使することが許されるとされています(最判平成10年9月30日)。ただし、これが過度な力であったり、不必要な破壊行為である場合には違法とされる可能性があります。
具体的な判例として、最判平成18年12月19日では、捜査の目的達成のためにやむを得ない強制力の行使は許されるとし、部屋への強制立ち入りが適法であると認められています。これを踏まえると、本件でも、鎖錠の切断が必要かつ合理的な手段であったとすれば、適法とされる可能性があります。
4. 相当性の判断
相当性の観点から見ると、捜査官Kが甲に対して「警察だ、ドアを開けなさい」と命じたが開ける気配がなかったこと、そして捜査官が証拠隠滅や逃走のリスクを考慮して迅速な行動を取る必要があったことから、鎖錠を切断するという強制措置は合理的といえます。
ただし、強制的な手段の使用には限界があります。過度な力や不必要な損害を与える行為は違法とされる可能性があるため、具体的な状況を踏まえた慎重な判断が求められます。
結論
本件において、鎖錠を切断して室内に強制的に立ち入る行為は、証拠隠滅や逃走を防止するために必要かつ合理的な手段であったといえるため、適法と判断される可能性が高いです。ただし、強制力の行使が過剰であった場合には違法とされる可能性もあるため、事案の具体的状況に基づいて慎重に判断されるべきです。
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ベランダ窓の破壊行為の適法性
ベランダ窓の破壊行為に関する適法性については、強制捜査における必要性と相当性を検討する必要があります。具体的には、窓の破壊が適法かどうかを判断するためには、以下のポイントを考慮する必要があります。
1. 捜索・差押の手段としての適法性
刑事訴訟法第220条により、捜索・差押の際には、許可状に基づく行為が認められています。しかし、その手段としての強制的な行為(例:窓の破壊)は、必要かつ相当でなければなりません。これには、以下の要件が考慮されます。
- 必要性: 捜索を遂行するために、他に適切な手段がなかった場合、強制的な手段が許されることがあります。具体的には、被疑者が証拠を隠滅するおそれがある場合や、捜索の遅延が証拠に悪影響を及ぼす場合です。
- 相当性: 強制手段が過度でないか、捜索の目的を達成するために適切な範囲で行われているかどうかです。
2. 本件における状況
本件では、以下の状況が認められます:
- 捜査官は、甲が捜索を警戒しており、証拠隠滅を図るおそれがあると判断していました。
- 玄関ドアの開錠が困難であったため、捜査官は別の手段としてベランダの窓を破壊し、室内に侵入しました。
この状況下で、ベランダの窓の破壊は、以下の理由から適法とされる可能性があります:
- 証拠隠滅の防止: 甲が証拠を隠滅する可能性が高かったため、迅速に室内に立ち入る必要がありました。
- 他の手段が困難: 玄関ドアの開錠が困難で、他に合理的な手段がなかった場合、窓の破壊が必要な手段として許されることがあります。
3. 判例の考慮
判例では、強制捜査の際に必要とされる強制手段が許される範囲について、以下の基準が示されています(最判平成10年9月30日):
- 強制の必要性: 捜査目的達成のために強制手段が必要であったか。
- 強制の相当性: 使用された強制手段が、捜査目的に照らして適切であったか。
窓の破壊については、必要性が高く、他に手段がなかった場合には、相当性が認められる可能性があります。ただし、破壊行為が過度である場合や、捜査目的を達成するために必要以上の損害を与えた場合には、違法とされる可能性もあります。
4. 捜査官の対応
捜査官Kがベランダ窓の破壊を決定した理由として、以下の点が挙げられます:
- 玄関ドアの開錠が成功しなかったため、他の入り口からの侵入を試みる必要がありました。
- 窓の破壊は、事前の打ち合わせに基づいて行われたものであり、緊急性や必要性に応じて判断された可能性があります。
結論
本件におけるベランダ窓の破壊行為は、証拠隠滅の防止や捜索の緊急性を考慮すると、必要かつ相当な手段とされる可能性があります。強制的な手段の使用が、捜査目的を達成するために合理的であり、過度でないと判断される場合には、適法とされるでしょう。しかし、具体的な状況に基づいて慎重に評価されるべきです。
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(1) 令状の事前呈示の原則
捜索の際には、原則として捜索令状を事前に呈示する必要があります(刑訴法第110条)。この原則は、捜査対象者に対して捜索が行われる旨を事前に通知し、正当な手続きであることを確認させるためのものです。事前呈示の原則に反する行為がある場合、通常、その後の捜索自体が違法とされる可能性があります。
本件において、警察官Kがまず宅配業者を装って解錠を試みた段階で、令状の呈示は行われていません。この行為は、令状呈示の原則に違反する可能性があります。しかし、実務上は、直ちに令状を呈示できない場合でも、捜索が開始される前に令状を呈示することが求められます。最判昭和55年10月9日では、捜索が開始される前に令状を呈示し、その後の捜索の適法性が検討されるべきであるとされました。
(2) 捜索許可状執行のための「必要な処分」
捜索差押許可状(刑訴法第111条1項)に基づいて行われる処分は、「必要な処分」として許可されますが、その行為が捜索目的に合致し、合理的に必要であることが求められます。
本件での各措置を検討すると:
- 宅配業者を装った解錠試行: 初期段階での手段として合理性があるかもしれませんが、令状呈示の前に行われたため、捜索の適法性に疑問が生じます。
- 鎖錠の切断: 被疑者が証拠隠滅を図る恐れがあり、鎖錠の切断は「必要な処分」として許される可能性があります。ただし、具体的な状況によっては、その手段が適切であったかどうかを検討する必要があります。
- 窓の破壊: この措置は、他に手段がない場合の最終手段として許されることがあるが、その必要性と相当性が厳格に判断されるべきです。
(3) 比例原則の適用
比例原則に基づき、強制手段はその必要性と相当性に基づいて行われなければなりません(刑訴法第197条第1項)。これは、手段が目的に対して過剰でないかを評価するものであり、過度な強制が行われた場合にはその適法性が問われることになります。
本件の各措置については:
- 宅配業者を装った行為: 令状の事前呈示がないため、その行為自体が適法性に欠ける可能性があります。
- 鎖錠の切断: 具体的な状況においては、比例原則に従い合理的であると判断される場合が多いですが、必要性の程度と手段の選択の適切さが評価されるべきです。
- 窓の破壊: この措置も比例原則に従い、最終手段として選ばれるべきであり、他の手段が尽くされた後でなければなりません。
参照判例
- 最判昭和55年10月9日: ホテルの客室に対する立ち入りで、事前の令状呈示がないまま強制的な立ち入りが行われたケースで、捜査の適法性が問われた。適法性の判断基準が示されておらず、解釈で補う必要があります。
結論
本件では、令状の事前呈示がされていないため、令状の呈示前に行われた措置については原則として適法性に疑問があります。ただし、捜索目的の達成に必要な処分であったと認められる場合もあるため、各措置の必要性と相当性を慎重に判断する必要があります。具体的には、鎖錠の切断や窓の破壊については、証拠隠滅の恐れがあったことから合理的とされる可能性がありますが、比例原則に基づく適切性の評価が求められます。