「朝日訴訟」(最大判昭和42年5月24日)は、憲法第25条(生存権)の具体的な内容と限界が争われた重要な判例です。

事件の概要

朝日茂さんは、結核を患い、国の生活保護を受けながら療養所で治療を受けていました。しかし、生活保護の支給額が低いため、彼の生活が極めて困窮していたことから、この支給額が憲法25条に違反しているとして訴えを提起しました。

争点

争点は、生活保護基準が憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」の水準を満たしているかどうか、そして憲法25条が個々の国民に具体的な権利を保障するものか、それとも政策的な指針に過ぎないかという点でした。

判決

最高裁判所は、憲法25条について次のように判断しました。

  • 憲法25条は「国が積極的に社会保障や社会福祉政策を実施するための努力義務を定めた規定」であり、これに基づく生存権は「立法府の裁量の範囲内において具体化される」としました。
  • つまり、憲法25条は個々の国民に具体的な法的権利を直接与えるものではなく、国が政策を通じて生存権を実現する義務があるものの、その具体的な内容は立法府の裁量に委ねられるとしました。
  • したがって、朝日さんの生活保護基準が25条に違反するとは言えないと結論づけました。

意義

この判決は、憲法25条の解釈について重要な基準を示しました。すなわち、生存権の実現は国家の政策に依存し、具体的な法的権利として請求できるものではないという解釈です。しかし、この判決はその後の福祉政策や生存権に関連する裁判においても大きな影響を与え、国家がどの程度まで生存権の保障に努めるべきかについての議論が続けられています。

 

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尊属殺人重罰規定違憲判決(最大判昭和48年4月4日)は、日本における憲法14条(法の下の平等)に関する重要な判例です。この判決では、尊属殺人に対して通常の殺人よりも重い刑罰を科すことが憲法に違反するかが問題となりました。

事件の概要

この事件では、被告人が暴力的な父親に長年虐待され続けた末に父親を殺害しました。刑法200条では、尊属(親や祖父母など直系の尊属)を殺害した場合、通常の殺人罪よりも重い刑罰が科されると規定されていました。具体的には、通常の殺人罪では無期懲役または5年以上の懲役が科されるのに対し、尊属殺人罪では死刑または無期懲役が科されるというものでした。

被告人側は、尊属殺人罪が一般の殺人罪よりも重い刑罰を定めていることが憲法14条の法の下の平等に反していると主張しました。

争点

争点は、刑法200条の尊属殺人に対する重罰規定が、憲法14条第1項で保障される法の下の平等に違反するかどうかでした。

判決の内容

最高裁判所大法廷は、尊属殺人に対して通常の殺人よりも重い刑罰を科す刑法200条の規定が、憲法14条に違反するとして違憲判決を下しました。

判決の理由

  1. 憲法14条第1項の法の下の平等
    最高裁は、尊属と非尊属の間で殺人罪における刑罰の差が設けられていることについて、合理的な区別がなされていないと判断しました。すなわち、尊属を殺害する場合に通常の殺人よりも重い刑罰を定めることには合理的な根拠がなく、このような差別は憲法14条に違反するとしました。

  2. 刑法の目的と手段の不合理性
    最高裁は、尊属殺人に対する特別の重罰規定が、必ずしも社会秩序や家庭の尊重を保護するという目的に適しているとは言えないと判断しました。また、殺人の動機や事情が尊属か非尊属かにかかわらず多様であるにもかかわらず、尊属の場合に一律に重罰を科すことは不合理であり、憲法に違反すると結論づけました。

意義

この判決により、刑法200条は違憲無効とされ、尊属殺人罪の規定は廃止されました。この判決は、個人の人権と法の下の平等の原則が、家族関係においても強く尊重されるべきであることを示した重要な判決です。

また、この判決は、日本の司法における違憲審査の積極的な役割を示し、憲法の平等権保障の解釈における画期的な転換点となりました。

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問題提起

遺族基礎年金制度において、母子家庭には支給されるが、父子家庭には支給されないという規定が、憲法第14条(法の下の平等)及び第25条(生存権)に違反するかが問題となる。

Ⅰ.憲法第14条第1項(法の下の平等)との関係

憲法14条第1項は、すべての国民が法の下に平等であることを保障している。この条文が問題となる場面では、異なる取り扱いが合理的な根拠を欠く場合に、平等権の侵害が問われる。

1. 比較対象

ここで問題となるのは、遺族基礎年金制度における母子家庭と父子家庭との間の取り扱いの違いである。これにより、父子家庭の遺族が年金支給の対象外となっているため、性別による差別が憲法14条に違反するかが問われる。

2. 合理的根拠の有無

性別による区別が憲法上許容されるためには、①立法目的が正当であること、②目的と手段の間に合理的な関連性があることが必要である。過去の判例(例:尊属殺人重罰規定違憲判決、最大判昭和48年4月4日)でも、立法の合理性が問われている。

遺族基礎年金制度は、一般的に母親が主に子供を扶養するとの社会通念に基づいて設計された。しかし、近年では性別役割の変化に伴い、父子家庭も増加しており、母子家庭のみを支給対象とすることの合理性は薄れていると考えられる。したがって、この取り扱いには合理的な根拠が欠ける可能性が高い。

3. 判例

関連する判例として、「父子家庭遺族年金不支給事件」(最大判平成23年2月22日)がある。この事件では、父子家庭に年金を支給しないことが14条に違反するかが争われた。判例では、性別による区別が時代に合わなくなったとし、父子家庭にも年金が支給されるべきだとの判断がなされた。このような判例に照らすと、父子家庭を排除する現行の制度は、憲法14条に違反する可能性が高い。

Ⅱ.憲法第25条(生存権)との関係

憲法25条は、すべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利を保障しており、国はこの権利の実現に努める義務を負っている。

1. 生存権の保障範囲

遺族基礎年金制度は、生存権の実現の一環として設けられた社会保障制度である。父子家庭の除外が、生存権の保障に欠ける取り扱いであるかが問題となる。

2. 判例

「朝日訴訟」(最大判昭和42年5月24日)において、生存権は具体的な権利として認められる範囲が議論されたが、国家の裁量に一定の余地が認められるとされた。しかし、その後の判例では、裁量権が無制限に認められるわけではなく、必要最低限の保障がなされていない場合は憲法違反となる可能性があるとされた。

結論

遺族基礎年金支給対象から父子家庭を除外することは、憲法14条の法の下の平等に違反する可能性が高い。また、憲法25条に基づく生存権の観点からも、父子家庭が最低限の生活を営むために必要な支援がなされないことは、違憲の疑いがある。関連判例や社会の変化を踏まえれば、父子家庭を支給対象に含めることが求められると考えられる。