マディーナの慣習法は、イスラーム法(シャリア)の中でも特にマディーナで形成された地元の慣習や法的な慣行を指します。これは、預言者ムハンマドがマディーナに移住した際に、マディーナの住民とイスラム教徒との間で結ばれた契約や合意をもとにして形成されました。

イスラームの成立初期、特に7世紀初頭のマディーナ時代において、預言者ムハンマドはマディーナの住民とユダヤ教徒との間で憲章(サフワ条約など)を結び、異なる宗教・民族の共同体が協力し合う法的な枠組みを構築しました。これにより、マディーナ社会ではイスラーム法以前に存在していた既存の慣習法や合意が一部組み込まれ、ムスリムと非ムスリムの共存を支える基盤となりました。

預言者ムハンマドの死後、カリフ(イスラムの指導者)たちによる拡大政策や征服が進む中で、マディーナの慣習法はイスラム法体系の中での位置づけが進行しました。その中で、シャリアの法学派のひとつであるマーリク派は、マディーナの慣習法に重点を置いて自らの法学体系を構築しました。

マディーナの慣習法は、地域の文化や慣習を反映しており、シャリア法の発展において重要な役割を果たしました。