司法制度の確立についての情報を提供いたします。

イスラーム世界における司法制度の確立は、大征服時代から始まりました。当初は行政権と司法権が統合されており、カリフ(総督)が両方の権限を持っていました。

しかし、アッバース朝期になるとイスラーム的な国家制度が完成し、司法権が相対的に独立するようになりました。この時期にはカーディー(裁判官)が任命され、各都市(とその周辺)を管区とするカーディー法廷が設置されました。大カーディーはカリフによって任命される立場にありましたが、行政権者自身も司法権を行使し続けました。

イスラーム司法(カーディー法廷)においては、以下のような特徴がありました:

  1. 単審制の原則:一つの裁判官による審理が基本であり、審理は原則として非公開で行われました。ただし、マムルーク朝など一部の朝廷では合議制や諮問制度が採用されることもありました(これは推奨事項であり、マーリク派では義務とされました)。

  2. 管轄権の包括性:カーディーは広範な管轄権を持ち、民事や刑事などの多様な事件を扱いました。

  3. 公訴権なし:一般市民が犯罪者を告訴する公訴権は存在せず、カーディー自身が事件を審理し、判決を下しました。

  4. 「後見人なき者の後見人」としての広い権限:カーディーは被後見人や未成年者の保護者としても機能し、その利益を代表しました。

  5. 審級の区別なし:イスラーム法学者(ムジュタヒド)によるイジュティハードの原則に基づき、カーディーの判断は原則として破棄されず、イジュティハードの結果として等価であるとされました。ムジュタヒドは正しい判断を下した場合には報われ、誤った判断を下した場合でも報われるとされました。

また、特殊な司法機関としては以下のものが存在しました:

  • マザーリム法廷:権力者自身の「不正」を裁くことを理念とした法廷であり、カーディー法廷の上訴機関として機能しました。

  • シュルタ(警察):ウマイヤ朝初期に軍の一部として設置され、カーディー法廷と協力して法の執行にあたりました。

  • ムフタスィブ(ヒスバ実行官):ヒスバ(「勘定,チェック」)と呼ばれる宗教警察の一種であり、「勧善懲悪」の精神に基づき、権力者や市民の行為に対して監視と規制を行いました。

なお、スィヤーサ・シャルイーヤとは、国家の管轄とされる領域(スィヤーサ)においては、シャリーア(イスラーム法)に違反しない範囲で国家の裁量が認められるという原則です。

 

 

 

 

カーディー(qāḍī)はイスラーム法裁判官を指す用語です。彼らはイスラーム社会において法廷で判決を下し、司法権の行使を担当しました。

カーディーは一つ以上の都市(とその周辺地域)を管轄する裁判官であり、イスラーム法(シャリーア)に基づいて事件を審理しました。彼らはカリフやその代理人によって任命されましたが、アッバース朝期には大カーディー(Chief Qadi)と呼ばれる上級裁判官が設置され、彼らがカーディーの任免を行いました。

カーディーは主に民事や刑事事件を扱いました。彼らの任務は法的紛争を解決し、正義を実現することでした。カーディーはイスラーム法学の知識に基づいて判決を下し、個別の事件に対する裁定を行いました。

カーディーの判断は、その地域の法学的権威であるムジュタヒド(イジュティハード有資格者)によるイジュティハードの原則に基づいて行われました。ムジュタヒドはイスラーム法において高度な解釈権を持つ法学者であり、カーディーの判決はムジュタヒドの判断と等価とされました。

カーディーは社会正義や倫理を重視し、後見人や未成年者の保護者としての役割も果たしました。彼らは広範な権限を持ち、公的な責任や個人の利益を守る役割を担いました。

イスラーム社会におけるカーディーの存在は、司法制度の重要な要素であり、イスラーム法の適用と正義の実現に貢献しました。