あのとき、彼女は雨を好きだと言ったのだったか。それとも嫌いと、言ったのだったか。そんなことも、もう簡単に思い出せなくなっている。
雨の中、泊まり勤務が終了しようとする数時間前。
刑事の鵜飼は路上で発見された首なし死体の一報を受け、その事件を担当することとなる。
冒頭に書かれたこの文に込められた意味が繋がった時、
そして場面は製餡工場で働く潤平へと場面が転換する。
潤平が想いを寄せている同僚の美祈は、新興宗教の「サダイの家」の信仰者だ。
そして首なし死体の被害者は「サダイの家」を調査していた弁護士だった。
猟奇殺人が起こると、そこにメッセージがあると考えられることが多いが、実はメッセージなどはなく、たまたまということもある。
「首なし」に込められたメッセージとは?
鵜飼の当直勤務の終了間近に受けた首なし死体の事件の一報が、鵜飼にどう関連していたのか?
ミステリーのみならず、小説の世界では場面転換がよくある。
人はそれぞれの物語があり、現実の世界では自分を軸としてストーリーが展開されている。
小説の中では、その人の物語の一部を表出されているので、この場面に登場する人々が、今後どんな風に絡んでくるのかと思いながら読み進めていく
一見繋がりそうにない関係者が突如、ストーリーの中で繋がっていく。これが点と線というのだろうか。
冒頭に書かれたこの文に込められた意味が繋がった時、ここにたどり着いた、腑に落ちたという読後感を感じる。
『ストロベリーナイト』をはじめとする姫川玲子や『ジウ』はシリーズ化されているため、順番に読んでいくと、途中で苦しくなってくるほど、誉田哲也さんの作品は残酷な描写が多い。
だが一般市民であるはずの登場人物が、実際にこんなことができるのだろうか、と思えるほどの技を披露してみたり、ゆっくりと展開していた物語が突如、二転三転と予想を覆しながらスピーディー展開していくので、読む手が止まらなくなる魅力がある。
何より残酷なシーンや描写とは裏腹に、人々の優しさを感じるのだ。
人は残酷なこともあるが、同時に優しさもあるということ。
優しいからこそ残酷にもなるということを教えてくれる。
