最近自分の人生に悩んでいるせいか、お金の先にあるものについて考えることが多いのですが、なかなか答えは出ずにお酒の力もあいまってかうやむやなまま1日が終わってしまうのですよね。
お金が欲しいという気持ちは誰しもが抱くと思うのですが、お金を得て何をしたいか、お金を持ったら何をしたいかってなると、その先まで考えてから動くと言うのはなかなかできるようでできなかったりしませんか?
だって、お金を得る目的の多くは「自由を得たいから」だと思うからです。
「自由になんでも買えるお金が欲しい」
「自由にどこでもいけるお金が欲しい」
「自由にそんで暮らすお金が欲しい」
「自由に子供にかけられるお金が欲しい」
自由を数え始めるとキリがないのですが、お金を持った瞬間にそれらのすべての自由が手に入った時、自由になったら何をするかって意外と出てこなかったりするもんですよね。
私は自分が何をしていいのか、何をしたいのかでいまだずっと悩んでいます。
自分の健忘録として、同じような悩みを持つ人がいたらいつか誰かの役に立つかもしれないという気持ちで書き綴っておりますが、いまだ私は答えが出ていないので、あーなんだかんだ何はなくとも自分は自由でそして幸せだなあみたいな結論にたどり着くのかもしれませんが。
人間は不自由な時は自由を求めて頑張れるのですが、自由になると腑抜けになるという特性も持ち合わせているので、自由になったその先、お金のその先にある自分の求めているものを探すって言うのは案外生きるためのサガなのかもしれません。
というなんだかスナフキンみたいなことを言い始めてしまいましたが、多分竹田和平さんだったと思うのですが、彼が「目的を決めないとそれに合ったお金は入ってこない」とおっしゃっておりまして、人はやはり目標や目的がないとそれに見合ったものは入ってこないということなんでしょうね。
正直夢や希望、自分の使命感を持って駆け抜けられる人がとても羨ましく思うのですが、それができない時は手っ取り早く「お金持ちになりたい」という目標を立てがむしゃらに頑張るということももちろん有り中の有りだと思います。
そしてその後自分は結局何を求めているのかという「生きる意味」を考えるフェーズに突入していくのだろうなあとなんとなく思ったりしております。
そうなった時、初めて自分のためだけに頑張るのではなく、誰かのために、社会のために自分に何かできることで恩返しできたらなとか、自分の必要価値をそこに見出して人のために頑張れる状態になるのではないかなと思います。
なんのまとまりもない話ですが、そんな感じでお金で得ることのできる自由の先に、自分の本当に求めているものがあるとしたらそれが何かを突き止めたいと思う今日この頃であります。
終わり