九代目七右衛門の徒然日記 -9025ページ目

コロネットピーク スキー場 JTBガイド付きビデオ撮影

シャトルバスに板を積み込んで出発しました。
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今回の旅行はJTBのガイドとビデオ撮影付きとう事で、シャトルバスを降りるとガイドのジョノさんが待っていてくれました。京都に3年間居た事があるとの事で、日本語もとてもお上手でした。カメラマンはマイクさんとの事でした。
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スキーセンターでリフト券を買いました。1日券は$49と日本と同じくらいでした。
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スキーセンター前の長い階段を上ってゲレンデに向かいました。
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先頭がガイドのジョノさんです。
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昨夜、10cmほど雪が降ったそうで、昨日は岩肌が見えていた山々も雪化粧していました。
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昨日クイーンズタウンで借りた板をつけて出発です。私はサロモン、家内はロシでした。
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まずは中央のSHIRTFRONTCHAIRというペアリフトに乗りました。
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リフト2本(ペア、トリプル)、Tバー2本、リフト最高地点1649m、標高差420m、最長滑走距離1800mというスキー場です。
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ペアリフト降り場が山頂でした。
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最初はエキスプレスウォールから
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THE M1コースを滑りました。
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上部は少しガスっていましたが、
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徐々に視界が晴れてきました。
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ジョノさんの後について、
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トレーンで滑りました。
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中腹まで行ったところで、霧がすっかり晴れて
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青空が見えてきました。
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最初はジョノさんが滑って、
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その後を家内とトレーンで滑りました。
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到着したところからマイクさんに手を振りました。SKINOWみたいです。
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ほぼゲレンデの中央にとても見晴らしの良い場所がありました。
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ここからはクイーンズタウンやワカティプ湖が一望でき、
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ジョノさんが詳しく教えてくれました。
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かなり遠くの方まで見渡すことが出来ました。
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ここからはしばらく緩斜面でした。私です。
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家内です。
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リフトをくぐったところから再び急斜面になりました。
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マイクさんが寝そべってカメラを構えているところに向かって、
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3人で小回りで滑っていきました。
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カメラマンを追い越した後も、
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後ろ姿を撮影してくれました。
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もう1本、同じリフトを上がると、さっきのガスが嘘のように晴れ上がっていました。
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今度はDONKEY SERENADEコースに行きました。
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ここは非圧雪で、
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まだ誰も滑っていませんでした。
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ファーストトラックを
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刻む事が出来ました。
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ここからは、
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THE GIRDLEコースに行きました。

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しばらく
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緩斜面が
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続きました。
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ペアリフトをくぐったところでは、コースセパレートしてアメリカのナショナルチームが練習をしていました。
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ここからはひとりずつ滑りました。
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まずは家内。
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続いて私。
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ここのスキー場は、ほとんど木が生えていないので、
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どこでも自由に滑る事が出来ました。
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1本目に滑ったTHE M1コースとは反対側に降りてきました。
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センターハウスです。
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積雪量はあまり多くないとの事で、スノーマシンもありました。
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次は3人乗りのGREENGATES CHAIRリフトに乗りました。現在は6人乗りリフトに掛け替えられているそうです。
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リフトからは先ほど乗ったペアリフトの降り場が見えました。
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ジョノさんとマイクさんは1本前のリフトに乗って、
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私たちを撮ってくれました。
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リフト降り場にはコースマップがありました。
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ここで板を外して
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山の裏側まで少し歩き、
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インタビューが始まりました。
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結婚式までの様子や、お互いを何と呼ぶか、ニュージーランドの感想などについて聞かれました。
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あっという間にガイド付きビデオ撮影の午前中が終わり、カメラマンのマイクさんと
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ガイドのジョノさんと記念撮影をしました。
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ビデオは、帰るまでにはホテルに届けてくれるとの事でした。

クイーンズタウン ホテルパークロイヤル

到着から一夜明けて、今日はとても良い天気になりました。今日はクイーンズタウンから一番近いスキー場である「コロネットピークスキー場」に行きます。ホテル前のロータリーのバス乗り場に集合しました。バス乗り場から見たホテルの看板です。
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宿泊者の国旗が揚げてあるとの事で、日の丸も揚がっていました。
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ワカティプ湖畔に建つホテルパークロイヤルホテルは、傾斜地を利用した建物で、湖に面して並んだテラスが印象的なデザインです。
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クイーンズタウンの中心地に位置していて、すぐ横がショッピングモールになっており、とても良い立地条件です。
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バスを待つ姿です。
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スキー場行きのシャトルバスがやってきました。
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クイーンズタウン空港

1時間半のフライトで、14:45にクイーンズタウン空港に到着しました。
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山の上には雪が見えますが、里には雪がありませんでした。
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空港には豪華なリムジンが迎えに来ていました。生まれて初めて乗る胴長の車でした。クイーンズタウン空港から約9km、20分ほどで市街に到着しました。ゴールドラッシュに沸いた時代に、採掘者が美しい景観を評して、「女王が住むにふさわしい場所」と言ったのが、クイーンズタウンの地名の由来といわれているそうです。
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クイーンズタウンの中心部、ワカティプ湖畔に建つホテルパークロイヤルにチェックインして、部屋に入りました。荷物を整理してシャワーを浴びたところで、ふたりともバタンキュー。結婚式の準備、結婚式、二次会、飛行機での長旅と、なれないことばかりで疲れていたのか、夕飯も食べずに翌朝まで寝てしまいました。

クライストチャーチ空港

昨日20時55分に成田空港を出発し、21日の12時05分にクライストチャーチに到着しました。時差はプラス3時間でした。
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ニュージーランドの広大な大地が広がっていました。ニュージーランドは人口の10倍の羊がいるとの事ですが、羊がたくさん見えました。
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クライストチャーチ空港で1時間の待ち合わせがあったので、空港の建物から外に出てみました。
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ニュージーランドではオークランド空港に続いて2番目に大きい空港です。
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空港には国際南極センター(International Antarctic Centre)が隣接していて、南極調査の展示・体感施設を兼ねた観光施設として一般公開されているそうです。
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ツーショットです。
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搭乗時刻が近づいたので、空港に戻りました。
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日本は暑かったですが、こちらはまだ春になったばかりなので、肌寒い感じでした。
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空気はかなり乾燥していました。
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13:05発のNZ-651便に乗りました。飛行機の上から見た景色はまだ冬です。
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ニュージーランドへ出発

昨日、無事に結婚式が終わり、午前中、入籍を済ませてきました。家内のお父さんとお姉さん、白馬の両親に駅まで送ってもらい、新婚旅行に出発しました。旅行先はニュージーランドのクイーンズタウンです。目的はもちろんスキーです。成田空港での様子です。
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結婚式の翌日という事でちょっと疲れ気味です。
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成田からクライストチャーチの直行便で12時間。20時55分成田発のニュージーランド航空NZ034便で出発しました。

結婚式

結婚式が、
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無事終わりました。
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お世話になった皆さん、本当にありがとうございました。
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友人たちが計画してくれた二次会も、大いに盛り上がりました。
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これから二人で幸せな家庭を築いていきます。

VOLVO240の新車で白馬に帰省

7月に購入した新車、VOLVO240に乗って初めて白馬に帰省しました。家に着く前に、家の下の道で愛車と撮った写真です。19年前に発売されて全世界で愛された240も年末で発売中止になるとの事で、清水の舞台から飛び降りた気分で購入しました。

まだ私が小学生のころ、テレビCMで「10台積んでも壊れない車」として、実際に10台の240を積み上げている画像を見て、将来自分が乗るのはこの車しかない!と強く思いました。就職当初の安月給ではとてもVOLVOを買うことなどできなかったのですが、ある日新聞で240の生産中止を知り、結婚を控えた1993年7月に当時はまだ婚約者だった家内を説得して5年ローンで念願の240を手に入れました。

独特のスクエアーなシルエットとフロントグリル、すわり心地の良い運転席、広い荷台、広い視界、分厚いドアと、どこをとっても「いい車」です。それとびっくりしたのは高速安定性と疲れないシートです。前に乗っていたホンダのインテグラとは格段に違う高い高速安定性と、長時間乗っても疲れないシートにはただただ感動です。これから長く乗っていこうと思います。

諏訪湖サービスエリアでの様子です。

サイドからもう一枚。

家の下の道から我が家を入れてとってみました。

メンズノンノ風。(汗)

日本テレビの「ぶらり途中下車の旅」が我家から放映されました


日本テレビの「ぶらり途中下車の旅」が我家から放映されました。ロケは平成5年7月16日、放映日は平成5年7月19日、制作はクリエイティブネクサス・天城アネックスでした。レポーターは荻島真一さん。荻島さんは俳優で、舞台「八郎兵衛始末」「吉良の仁吉」「時代や野女房」や数々のテレビドラマなどで活躍、多摩芸術学園大を卒業されています。残念ながら平成17年に逝去されました。ナレーションは大沢悠里さん。大沢さんは昭和39年3月に早稲田大学第一法学部を卒業、昭和39年4月にTBS東京放送入社し、入社して5年間、報道番組を担当、その後、主にラジオをメインに歌謡番組を担当されました。平成3年2月にアナウンス部長を最後に独立して、(有)大沢企画を設立。大沢さんも残念ながら平成16年に逝去されました。


放映内容は、下記のとおりです。

ナレーション:ガイドブックに載っていないとっておきの信州を味わいたくて、荻島真一さんが降り立った町は長野県の白馬村であります。白馬村は北アルプス登山への玄関口。そして若者達が憧れる高原の土地。しかし荻島さんという人は、観光客が集まる場所には一切興味を示さない、自称旅の達人。白馬でもぶらぶら歩いて茅葺きの大きな農家を見つけたのです。ところが・・・。

荻島「えっ、民宿。民宿マル七。わーおっきな家だなー。」

荻島「ここが玄関か。ごめんくださーい。」

父「はい。ようこそいらっしゃいました。」

荻島「あの、民宿を。」

父「はい。」

荻島「はー。茅葺き屋根の民宿なんて珍しいですよね。」

父「お金が無いので改造をしなくて、昔のままでやっております。」

ナレーション:大正9年に建てられた茅葺きの民家。本業はお米や野菜を作る農家ですが、白馬村2800世帯のうち、今でも茅葺きの家はわずかに30件。むろん茅葺きの民宿はここだけ。

ナレーション:その部屋が宿泊用に全く改造されていないのが、荻島さん気に入りました。

ナレーション:農家の暮らしがそのまま残っていたのです。

父「最近しみじみ思うのですがね、全国からお客さんが来てくれます。それこそ北海道からも沖縄からも我家に来てくれます。」

荻島「日本全国から」

父「はい。全国へ親戚が出来たような、気分になっています。」

荻島「はー、色々な方がね、30年の間に。」

父「はい。これは尊い事でね、本当に私は最高の幸せ者だと思っています。」

ナレーション:ねっ、泊まりたくなったでしょう。

ナイヤガラによる除草剤散布

ミスト機を使って、ナイヤガラ方式で水田に除草剤を散布している様子です。父がこの様子を家内に見せたいと言って、我々の帰省に合わせてやってくれたようです。

小さい穴の空いた長いビニールホースをミスト機の先につけて、田んぼの両畦に立って散布していきます。二人の息が合わないと均一に散布されません。家内が私がやればいいのにと言っていましたが、長年一緒にやっている息の合った夫婦の方が慣れているようで、代わってもらえませんでした。

田植え



田植えの様子です。前日のうちに苗を出して消毒をして水をかけ、準備をしておきました。


今日は早朝から田植えです。いつも父の従弟が来てくれて田植えをしてくれます。

運転手交替でもう一枚。