鞆の浦 むろの木歌碑 | 九代目七右衛門の徒然日記

鞆の浦 むろの木歌碑

2月1日に開催された、日本民家リサイクル協会のまくま民家見学会 の際は、午前中 琴引テクニカップ に参加したため、午前中の鞆の浦見学に参加する事が出来ませんでした。ずっと鞆の浦に行こうと思っていたのですが、今日、思い立って行ってみることにしました。「崖の上のポニョ」の舞台と言われている町です。宮崎駿さんがスタジオジブリの社員旅行で鞆の浦に来た時、ここを非常に気に入って、翌年の春、2カ月間にわたってポニョの構想を立てたそうです。寺の密集度が日本一の街でもあるそうです。沿岸部と沖の島々一帯は「鞆公園」として国の名勝及び国立公園に指定されていて、1992年には都市景観100選に、2007年には美しい日本の歴史的風土100選にも選ばれたそうです。最近では鞆の浦埋立て架橋計画問題でテレビのニュースなどで取り上げられています。
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広島県福山市南部に残る古い町並み、鞆の浦は古代から瀬戸内海航路の要所として発展してきたそうです。室町時代には足利尊氏が後醍醐天皇に対しここで挙兵し、そして織田信長に追い出され、毛利家の庇護を受けた足利義昭が居住、さらに幕末には「いろは丸事件」発生に伴い、一時的に坂本龍馬達が立ち寄るなど、歴史的な人物とゆかりの大きい場所だそうです。特に景観の保存がなされているわけではないのですが、幕末~昭和初期の街並みが、広範囲にわたってそのまま残っています。鞆街並み保存研修会の調べでは、江戸期の建物が80棟、明治期が91棟、大正・昭和期が301棟あるとの事です。
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観光案内所近くの駐車場に車を止めました。30分100円と市内なみの駐車料金です。
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観光案内所の横は市営の渡船場になっていました。すぐそこに見える仙酔島(せんすいじま)に渡るための渡船場のようです。往復240円だそうです。
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駐車場から歩いて海岸に降りる事が出来ました。手前が弁天島で、奥が仙酔島です。
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降りたところにヒトデがいました。
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道の反対側には「むろの木歌碑」がありました。730年(天平2年)に大伴旅人が大宰府の役人の任期を終えて鞆の浦に寄った時の歌だそうです。
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「吾妹子(わぎもこ)が見し 鞆の浦の むろの木は 常世にあれど 見し人ぞなき」と読むそうです。説明の看板が無いと到底読めない字でした。妻が見た鞆の浦のむろの木は、いつまでもあるだろうが、妻はもういなくなってしまったという意味で、対で立つといわれるむろの木に、夫婦を重ね合わせ、人の世のはかなさを悲しみ、亡き妻をしのんだ歌だそうです。
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石垣の上にはこれから向かう福禅寺(ふくぜんじ)の対潮楼(たいちょうろう)が見えました。
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