デスノート


前回、室町時代に起こった醍醐寺の僧侶VS農民をまとめたニコニコ前回↓


僧侶による呪詛で、村人や飼われている牛たちまでもが呪い殺された驚き

呪いの効果に僧侶らは得意満面となる煽り


そんな呪詛は、醍醐寺だけで行われていたわけではない。。。

しかも、名前を使って呪詛を行っていた?!

まるで、室町時代のデスノート驚き


前回に引き続き、呪詛は存在したのか?を学ぼうにっこり

今回もこちらの本↓

室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界 清水克行

から、まとめる物申す



サムネイル

名前を書いたら、その人が死亡


醍醐寺から、舞台は変わる。

大和国一国を支配した奈良の巨大寺院、興福寺では、さらに頻繁に呪詛が行われていた驚き


文明一八年(1486)三月、仲川荘(現在の奈良市)という荘園の年貢を、地元の武士である箸尾為国はしおためくにという男が横領してしまっていた。

この年貢は荘園領主である興福寺に納められ、本来、唯識講ゆいしきこうという仏事の費用に充てられる重要な資金源だった。
それを横領されてしまうと、もちろん仏事が開催できなくなってしまう。
とはいえ、箸尾は強硬で、年貢を納入させることは難しそうだ。

そこで興福寺の僧侶たちは『名を籠める』という、これまた最終兵器を使う決断をした。
『名を籠める』とは、寺に反抗的な人物の名前を紙方に記して、寺内の堂に納めて、その人物を呪詛する、という禍々しい制裁であった。


。。出た驚き僧侶の最終兵器驚き

基本、僧侶は寺に歯向かう奴は、死んでよし昇天という考え方なのか?結局年貢(金)なのか煽り

名を籠めるという呪詛は本当にデスノートみたいだ凝視
罪状・名前・日付という、きわめてシンプルな記載。仏前に捧げて、ひたすらその身に厄災が降りかかることを祈るのである。怖いわオエー

人気漫画『DEATH NOTE』では、名前を書かれた人を死なせることができる死神ノート(デスノート)を手に入れた主人公が、犯罪者を抹殺し理想世界を築こうと暴走してしまう。
私は全巻持っていて、つい最近も読み返したにっこり
私は性格が悪いので、よく脳内で人を殺めている凝視
最近私が脳内で殺めたのは、大久野島のウサちゃん達をなぶり殺した犯人だ。
大久野島に行った数ヶ月後にこの事件が起こり、あの愛らしいウサちゃんを。。許せない!と怒りが湧き上がり、脳内で死刑にした。
大久野島に行った時のブログ↓


動物や子供が悲惨な事件に巻き込まれるニュースは怒りと悲しみでいっぱいになる。。だから、私は夜神月(主人公)にちょっと共感してしまう。

(途中から、自分の都合でデスノートに名前を書いて世界平和はどうした?ってなるので、L派になるが爆笑


話がズレてしまった。

では、名を籠められた箸尾為国は、どうなったのか?

先にオチを言うと、デスノートの効果は半分効いて半分効かなかった凝視


​このときも箸尾為国」の名前は、興福寺の五社七堂に籠められ、寺僧たちは南円堂に群集して、大勢で読経して彼を呪った。

しかし、この時点では、彼はまったく悪びれた様子は見せず、むしろ居直って寺の悪口まで吐く始末だった。
すると、どうだろう。
翌四月になって、箸尾の支配する村で『悪病』が流行し、130人もの人々が続々と死んでいったのである。
そのうえ、箸尾の手下だった村の代官も、妻女とともに病に伏せってしまったという。

箸尾自身は死ななかったようだが、ここでも
『名を籠める』ことの効果は疑いなかった。


。。。本人は無事なのに。。しかも、前回と違って悪いのは年貢を横領した武士の箸尾為国だけじゃないの?!箸尾が支配していた村人が『悪病』で130人も亡くなった。。無実の人が亡くなったってこと?驚き


僧侶らの名を籠める呪詛で、悪病が流行り人々を死なせたという証拠はないけど。。

本当に呪詛でそんなことができるなら、一体どんな力が働いているんだろう?どういう仕組み?

思考が現実を作るってこと?量子力学的な?驚き

集団の意識がひとつのことに集中してそれが現実を作りだすなら、7月5日の予知夢やら、大阪万博からウイルス流出とかの数々の不吉な予言は、この仕組みを利用しているってこと?。。また妄想しちゃう魂が抜ける



無実の人がたくさん亡くなっても、僧侶は心が痛まないのか?凝視

しかも、箸尾だけじゃない、興福寺の僧侶らは最終兵器を頻繁に使用している。。真顔


この他にも、同時代に『名を籠める』制裁は、興福寺を蔑ろにする不届き者に対して、たびたびその威力が発動された。

箸尾為国事件の前年、文明一七年正月には平清水三川ひらしみずみかわなる人物が死亡したが、この男はさきに興福寺の大乗院門跡の所領を不法占拠した罪で五社七堂に『名を籠め』られた者だった。
そのため、このときも彼の死は【御罰】が降ったものと、多くの者たちに認識されている。

くだって天正六年(1578)八月には、やはり興福寺への【悪逆】の罪で一人の男に『名を籠める』措置がとられた。
男には息子が二人あったが、やがて一人は【癩病らいびょう】(ハンセン病。当時は不治の病として最も恐れられ、不当な差別の対象とされた)に罹患りかんし、もう一人は『狂気』となってしまったという。
このときも、この事実を日記に記した興福寺の寺僧は、
「冥罪眼前、冥罪眼前(仏罰がくだった!仏罰がくだった!)」
と、呪力の効果に歓喜喝采している。
こんなわけなので、領民の側も、この『名を籠める』制裁を心底恐れていたようである。

大和国勾田荘(現在の天理市)の年貢二年分と運送料を横領した豊田猶若という人物は、その罪によって『名を籠め』られたが、明応八年(1499)一ニ月、謝罪のうえ横領分を弁償することで、その名を堂内から取り出してもらうことを許してもらっている。

また、さきに紹介した平清水三川は、その死後、名が籠められたことが寺僧たちにも忘れ去られ、気の毒にもそのままになってしまっていた。
すると、彼の死から四年後の延徳元年(1489)六月、彼の息子がにわかに大病を患ってしまう。
四ヶ月が経っても体調は元に戻らず、周囲はもしもの事態を心配しはじめていた。
そうしたなか自身の大病の原因が、父の名前がいまだに堂内から取り出されていないことにあると察した息子は、すぐさま興福寺に愁訴しゅうそして、父の名を堂内から出してもらうことを求めている。
このように、『名を籠める』習俗は、寺僧たちはもちろん、領民たちにまでその効果が強く信じられ、宗教的制裁としての類まれな威力を発揮していたのである。

鎌倉〜室町時代というと、鎌倉幕府や室町幕府に集った武士たちが【歴史の主役】で、坊主や神主は【前時代の生き残り】、あるいは武士に比べて【無力な存在】というイメージをもつ人がいるかも知れない。たしかに武士たちがもった武力を侮ることはできないが、当時においては僧侶や神官たちがもっていた呪力というのも、場合によっては物理的な暴力よりも当時の人々を震撼させる巨大な力であったのだ。

とくに【来世】の存在を信じ、【現世】は【来世】に至るためのステップに過ぎないという価値観をもっていた当時の人々にとってみれば、【現世】での果報を失うだけではなく、死後も無間地獄に突き落とされる可能性のある呪詛の力は、まさに【最終兵器】であり、戦慄の対象であったにちがいない。


。。仏罰がくだった!ニヒヒと、喜ぶ僧侶。。凝視

心が痛むなんて無縁そうだ。。。

武力よりも呪力のほうが怖い真顔


この当時の人って現世を来世に至るまでのステップに過ぎないという考えをもっていたんだぁニコニコ

呪詛されたら、死後は無間地獄に突き落とされる可能性があるって信じてたのね。。驚き

無間地獄ってめちゃ怖いやん驚き



朝倉孝景という戦国大名は、この『名を籠める』呪詛を、無効化した驚き

どうやって、呪いから身を守ったのか?

それは。。【改名】


日本では妖怪や幽霊に名前を呼ばれても返事をしてはいけないという民俗禁忌のように、昔から名前にまつわる呪詛というのは存在したらしい。

「名は体を表わす」の言葉どおり、前近代において、名前はその人本人と一体のものと考えられていた。そうした認識を前提にして、『名を籠める』呪詛は成立していた。

それを逆手にとって、朝倉孝景は改名して呪詛を避けたのだ驚き


​時代は、呪詛を恐れない、呪詛を合理的に回避可能とする人々を、少しずつ生み出していたのである。
さらに、そこから考えを進めるならば、『名を籠める』呪詛は、決して古い時代から連綿と行われ続けたものではないことにも注意をする必要がありそうである。

これまで呪詛を中世の宗教権力の特徴であるかのように述べてきたが、じつは領民に対する呪詛の事例はあまり室町時代以前には見られないのである。

どうも『名を籠める』をはじめとするエキセントリックな呪詛は、中世の後期に入って、宗教領主の命令に従わない百姓や武士たちが続出するなかで活用されるようになったらしい。
考えてみれば当たり前のことだが、当時の人々に神罰や仏罰を信じる気持ちがあったならば、そもそも年貢を半減要求したり、横領したりすることはなかったはずである。

だから、『名を籠める』という行為は、当時の人々が迷信に縛られていた証しというよりも、むしろ人々の心のなかから信仰心が希薄化していたことの表れとみるべきかも知れない。

支配を継続するために恫喝的な手段を使わざるをえない、宗教勢力の焦りを示していると言い換えてもいいだろう。
昔の人々がつねに迷信深くて純朴だったと思い込んではいけない。
一見すると信心深い時代のように思える室町時代は、一方で【呪詛の時代】の黄昏の時代でもあったのだ。


昔の人は迷信深くて純朴だと思っていた凝視

勝手なイメージだけど。。。


呪詛は。。あるのかもしれない凝視

僧侶が最終兵器を使うときは、20人など大勢で呪いの文言をひたすら唱え続けている。。。

一人より、大勢で呪ったほうが、効果があるとか?

やはり集合意識が関係しているの?

呪いの藁人形は一人でやるよね煽り

僧侶しか呪詛はつかえないのかなー?呪詛は代々その寺で受け継がれてきたものなのだろうか。。寺によってやり方違うし。。



やっぱり人間って不思議だ凝視

陰陽師や結界とかも聞くしなぁ。。その辺もいつか学びたいなぁー。。


室町時代は、治安めっっちゃ悪いし、僧侶も村人もめっちゃ怖いし、すぐ人殺めるし、旦那に浮気されたらその相手の女を集団でボコリにいってもOKだし、下ネタ落書きしまくるし、昔の日本人ぜんぜん清く正しく美しくないやん爆笑って笑えた本でしたニコニコオススメ!


ちなみに、女はパートナーに浮気されると怒りの矛先が相手の女にむかうってよく言われるけど、私は女より夫をボコるわ。。真顔



室町時代じゃないけど、友人からオススメされて、プライムビデオでこれ観た↓

https://filmarks.com/movies/113802


めちゃよかったニコニコ飛び出すハート

私のイメージしてる侍はこれだったw

この侍が現代にタイムスリップして、ショートケーキを食べるシーンがあるんだけど、そこで号泣した。

歳のせいかな?なんか涙腺が弱すぎて涙と鼻水すぐ出る爆笑疲れてるのかな?凝視

そんで、主人公の役者さんが演技が上手で、私のタイプだった爆笑目の保養でしたニコニコ飛び出すハート




最後まで読んでくれてありがとうニコニコ飛び出すハート