現代の「日本の構造」、どれくらい知っていますか? 
 日本の共働き世帯数、日本人の労働時間、日本の労働生産性、事業所の開業率……
 

貧困大国ニッポン

 貧困とは文字通り、所得が低いので日常の経済生活に困るほどの状態にいることをさす。貧困には「絶対的貧困」と「相対的貧困」の2種類の定義がある。

 「絶対的貧困者」とは、人が生きていくうえで、食費、衣服費、住居費、光熱費などのように最低限の生活をするのに必要な金額を設定して、それ以下の所得しかない人を貧困とするものである。

 国によっては、この額を正確に定めて「貧困線」と定義しているが、日本では学問上で計算された統計的な公式の「貧困線」は、今では政府から提出されていない。昔はまがりなりにもそれを計測していたが、今はそれがなされていない。その理由は計測にさまざまな問題があることによる。

 「相対的貧困者」とは、国民の所得分配上で中位にいる人(すなわち所得の低い人から高い人まで順に並べて真ん中の順位にいる人)の所得額の50%に満たない所得の人をさす。

 50%は先進国が加盟する国際機関であるOECDの定義であるが、EU(ヨーロッパ連合)ではもう少し厳しくて、60%を用いている。当然のことながらEUの方がOECDよりも貧困率は高くなる。相対的貧困は他の人々と比較して、どれだけ悲惨であるかに注目している、と考えてよい。すべての国が同じ基準での定義・計測なので、国際比較の信頼性はある。

 

 図1(※外部配信でお読みの方は現代新書の本サイトでご覧ください)はOECD諸国の相対的貧困率である。加盟諸国の中で日本は7番目に高い貧困率なので、そう深刻ではないと思われるかもしれないが、上位にいる、トルコ、メキシコ、チリなどはまだ中進国とみなすので、ここでは比較の対象としない方がよい。ついでながら発展途上国はもっと貧困率は高く、南アフリカは26.6%、コスタリカは20.4%、ブラジルは20.0%で、生活困窮者の数はとても多い。

 むしろ日本が比較の対象とすべき国は、G7を中心にした先進主要国であり、そのグループの中ではアメリカについで第2位の貧困率の高さである。日本は貧困大国と称しても過言ではない。ついでながらG7の中ではフランスがもっとも低く8%、先進国の中では北欧諸国が6~7%の低い貧困率となっている。

 格差を表す概念としては、貧富の格差、富裕層、貧困層の3つの指標や統計に注目して、それらを検討しているが、経済生活に困るという状態が人間にとってもっとも深刻なので、貧困をもっとも重要な現象と判断する。貧困率の高いことは日本が格差社会であることを象徴していると理解している。

 貧困大国と呼ぶには、貧困率が上昇していることが証拠となる。それを確認しておこう。図2(※外部配信でお読みの方は現代新書の本サイトでご覧ください)は過去30年間の日本の相対的貧困率の推移を示したものである。

 1985(昭和60)年から2012(平成24)年まで確実に上昇している。その後少し(0.7%ポイント)低下したが、今後その低下が続くとは思えない。新型コロナウイルス感染症による不況によって、むしろ増加に転じることが予想できる。

 

 貧困率の増加率を計算してみると、30年間で30%、年平均で1.0%ほどなので、それほど急激な増加ではない。しかし増加率の大小よりも、水準の高さに注目すべきであって、国際的にも15~16%の水準は異常に高いとみなすべきである。本来ならば貧困者ゼロの世界が理想だからである。

 最後に、なぜこれほどまでに貧困者が増加したのか、重要なものだけをピックアップして箇条書きで提供しておこう。

 1:バブル崩壊後の大不況で、経済成長率が大幅に低下した。これは失業者を生み、かつ賃金率の伸びがほとんどなく、むしろ低下の傾向を示した。
2:大不況は企業経営を苦しくしたのであり、労働費用削減のためにパート、派遣、期限付き雇用、アルバイトといった、賃金が低くボーナス支給のない非正規雇用者を大幅に増やした。いまでは全労働者のほぼ40%が非正規労働者である。
3:法定の最低賃金が低いし、最低賃金以下の労働者もかなりいる。
4:非福祉国家の日本なので、社会保障が充分に機能しておらず、所得維持政策が弱い。

橘木 俊詔

 

 

主張
賃金減少過去最長
大企業の内部留保の活用こそ

 

 実質賃金の低下が止まりません。厚生労働省が発表(9日)した3月の毎月勤労統計調査によると、実質賃金は前年同月比2・5%減で24カ月連続の減少です。比較可能な1991年以降で過去最長となり、2008年のリーマン・ショック時の記録を抜きました。

 一方、上場企業の純利益の総額は3年連続で過去最高となる見通しです(SMBC日興証券まとめ)。日本経済のいびつな姿が表れています。

■値上げ圧力が続く
 実質賃金の減少は、歴史的水準に達する円安で、輸入価格やエネルギーと資源価格などが高騰し、賃金の伸びが追い付いていないためです。物価の変動を示す3月分の消費者物価指数(総合指数)は前年同月比で2・7%の上昇です。

 とくに生活必需品の高騰が生活への打撃になっています。民間信用調査会社の帝国データバンクによると、5月の食品値上げは417品目にのぼり、年間では予定を含め7000品目を突破しています。しばらく一服していた「原材料高」を理由とした値上げが円安の進行を背景に再燃しており、帝国データバンクは、値上げ圧力は高止まりが続くと分析しています。

 実質賃金をより長期で見ると、1996年の445万円をピークに低下傾向をたどり、2023年には371万円と、74万円もの減額となっています。

 円安で、庶民が食料品などの値上げに苦しみ、下請け中小企業がエネルギーや原材料の高騰にあえぐ一方、製造業の輸出大企業や商社などは大もうけしています。

 トヨタ自動車は、24年3月期に円安で営業利益を6850億円押し上げました。営業利益は前期の約2倍となる5兆3529億円です。日本企業の最高額を塗り替え、初めて5兆円の大台に乗せています。三菱商事は、円安で利益を700億円押し上げ、同期の純利益で最高益だった前年に次ぐ9640億円をあげています。

 こうした利益を集めた結果として大企業の内部留保は、23年10~12月期に530・5兆円に達し、アベノミクス開始前の12年同期の320・4兆円から210・1兆円増加しています。

■中小企業支援こそ
 岸田文雄首相は、「所得と成長の好循環に向けて…手を打ってきた」「今年、物価上昇を上回る所得を必ず実現する」(3月28日、首相会見)とのべましたが、賃上げ政策として実際にやっているのは中小企業には使いにくく実効性が無いものばかりです。

 岸田首相は、「中小・小規模企業における十分な賃上げによってすそ野の広い賃上げが実現していくことが大切」(政労使会議、3月31日)とものべていますが、今年度予算では中小企業対策費を削減しています。中小企業の賃上げの原資となる価格転嫁への対策は、重層的な下請け構造のもと、人員的にも政策的にも不十分です。

 日本経済のまともな発展のためには、これらの問題の改善とともに、大企業の内部留保に時限的に課税し、その資金で社会保険料の減額など直接支援で日本の雇用の7割を占める中小企業の賃上げを実現することが必要です。