子どもたちは


書き初めを


燃やします。
















大人たちは


勢いが収まった火で


お餅を焼きます。



昔から、


このお餅を食べると風邪をひかない!


と言われています。



役員は

火の後始末で、

消火まで。




寒い中で冷えましたが、


なんとか今年の役目を終えました。


(来年もあります^ ^)







どんど焼き。



松本エリアでは


サンクロウと呼ぶ様です。



道祖神祭りと言う場合もあります。


大小の規模の違いはありますが、


季節の行事です。




ダルマ、神棚飾り、熊手、弓矢、おふだ、お正月の締め飾り、千羽鶴、古いおみくじ



ワラ束、豆の木殼束、ヨシ


ヤグラを作る樹木などを、


雪が舞う早朝より


集めて回りました。



続く


^ ^



失敗すること、

つまずくこと、

笑われること、


悔しい思いをすること、

惨めな気持ちに押しつぶされそうになること、

叱られて打ちのめされること、


でも

これらはずっと続くことではなくて、


自分が何かを得たり気付いたり

成長するための

通り道や通過点だと

分かりました。





その出来事には

意味がある。

そして

何かのために役立つ。


そう思います。





「ついでにやってくれ!」

と言われても、

「ついで」

では引き受けれない状態のものは

引き受けれない。


冷たいと思われても、

こちらからすると

とても

ついでにやってあげれる状況ではなくて、


それに手助けすると

手間や

やり直しまですることになって、、

とても

「ついで」

どころではない。






例え話で分かりやすく言うと、


あなたがゴミ捨てに行く時に

「ついでに生ゴミの袋を出してきて!」

と言われても、

相手のゴミ袋の底が割り箸や竹串で破れていたりして生ゴミ汁が垂れたり溢れるのを

「ついで」

では

運ぶことができない。


「ついで」

を頼む側は、

袋が破れているのも普段は平気。


ゴミも

ためにためて複数の袋で生ゴミが腐っているし

生ゴミを出す時に生ゴミ汁が垂れていても平気な人。

こちらは車での移動の途中でゴミ捨てするスケジュールを組んでいるので

衛生優先の短期でのこまめなコミ出しや

臭い対策や生ゴミ汁が垂れない様に気をつけている。


書類の作成なども、

本人のスタイルがあるので

頼まれて仕上げても必ず文句や訂正があるので、

あくまでも草案をまとめる程度で

本人に戻す。


取り掛かりだけでもやってあげれば、

あとは

それに対して、

良いとか悪いとかで

本人が直して方向性をつけていける。


冷たい様ですが、

「ついで」

とか言われても

関わらない!


もし

関わったとしても

深く関わらない。


断ると、

「ケチんぼ!」って言われる訳ですが、

価値観が、違う人の

「ついで」

の仕事は、

私にとっては

「ついで」じゃないことですから、

極力、

断ることにします。


タイトルの通りなのですが、


社会の中での技術的な進化や


情報処理などが加速している中での危機感や不安があります。




取り残される?


ついていけなくなる?


やっぱり、


少し不安はあります。



けれど、



自分に欠けているものを自覚したり意識したり


見える化が出来ていれば、



全ては難しくても、


新しい仕組みや機能や機械やサービスの中で


自分の年齢や生活や業界なりに必要で便利なものは上手く活用していきたい!


という意欲が湧いてきます。





トラブルや事件やアクシデントの発生時も、


既に


経験していることや


知っている最新の仕組みの活用が出来れば、


判断や決断や行動をスピードで行うことで双方の最小限の影響ダメージで抑えたり


対応力で相手に評価をしてもらったりスムーズな処理が出来ます。




社会の情報処理の速度がどんどん早くなっていますが、


高齢者層と若手層を繋ぐ


第二次ベビーブーム&氷河期世代前期の中間層の私としては、


デジタルとアナログの


新旧ハイブリッドの合わせ技で


バランスを取って、


A I にはできない具体的な思考や


目の前の現実や人や気持ちや感情に向き合った動きで、


過ごしていきたいと思います!