昔ほどではないけれど、

気をつけていても

悪い癖が出る。


完璧主義で

ストイックに自分を追い込む。

それが

良い結果に繋がることもあるけれど、


上手くいかなかった時には、

自己嫌悪や

自己否定の気持ちになる。


焦燥感に駆られる悪循環に

陥いる。

気持ちの

余裕が無くなって

次第に

配慮を欠き、

周囲の人に対する言葉も

乱雑になる。




完璧にやろうとすると

疲れる。


最後の些細な部分で

こだわって

時間も使う。


深く狭くやらなくてもいいのに。


なんだか

優先順位を間違えていることにも

薄々

気が付きながら、

やり続ける。


そして、、

偽善の自己満足というか

意地や辻褄合わせの

少し後悔の気持ちになる。


妥協するべき時に

妥協せずに、


妥協してはいけない時に

諦めて

妥協してしまう。





100点な人生はないし、

100点の一日も無い。


大まかでも

長く続けていれば、

自然に

広く深く出来るようになる!


だから

100点を目指して

細かなことにこだわって疲れてしまうよりも、

30点でも

継続したほうがいい…

と、


そういう風に自分を

緩めてあげて、

おおらかに

自分を許してあげて、


笑顔を取り戻して

また

歩き始めたい

です。




言葉に秘められた力は

想像以上に強力で、


それを利用して

自分をコントロールしていく!



未来の

アクシデントや失敗を

完全に防止することは不可能です。


さっきまでノリノリで

充実して絶好調や気分で過ごしていたのに、


突然に、

平静の心や

活き活きした自分を失ってしまう事が起きる。


心にも

平常心という失くしものを取り戻すために、

言葉の

心の紛失防止タグを付ける。



なので、

事が起こった時に、

客観的に

冷静になって、

どうやって未来志向で考えて

どうやって早く対処して、

どうやって全体思考で

回復させていくのか!



取り組む必要があります。


物理的に、

大切なものを失くさない様に事前に対策していても、



失くしてしまうこともあります。


落ち込んだ時にも

ヤル気が低下した時にも、

自分を奮い立たせて

支えていく言葉を使って、


心へのダメージは

最小限に緩和させて

傷を小さく抑えて、


困難を和らげながら

乗り越えていこうと思います。


心の紛失タグを付けて。



親にも上司にも

感謝はしていますが

尊敬はしていません。


だって、世の中

親や上司よりも立派な価値観を持っている人が

たくさん

いますもの。


さて、

月曜に

水田の水入れをするとのことで、




田んぼの周囲の


草刈りと、


再度の


水路の泥上げをしました。





田おこしをしたところに


耕運機(乗用トラクター)が田んぼから


出る時に、


どうしても


タイヤで踏み固めた轍(わだち)が


できて残るのですが、



お袋には


そこが、


隅まで耕してない様に見えるらしく、



隅まで耕せ!


とか


畔草はいつ刈るんだ?



とにかくうるさい。




水入れが明日だとお袋から聞いたのは


朝です。



明日に水入れるのに


いつやるつもりだ?



喧嘩腰し!からのスタート。



草刈りも午後に予定をしていたのですが、


いつやるんだ?


まだやらないのか?


と嫌味な内線電話で


またまた喧嘩腰し!



お袋曰く、



足の膝が悪いお袋が


草刈りやら水田の手入れをしていると


ご近所から、


竹馬くんはやらないのか?



言われるんだそうです。



お袋さあ、


近所の目を気にして農業やるな!


って


お袋に言いたいのです。



私は農家が本業ではないし、



お袋は何かを私に頼んで来ても


スケジュールや納期を言わないし、


抽象的な話ばかりで具体的に何をして良いのか


こちらも分からない。


で、


予告もなく


いきなり


今日〇〇をやってくれ!


と言います。


でも、


こちらにも予定があります。


お客様とのアポイント面談訪問の日もあります。



作業着からシャワー浴びて着替えて高速道路で


向かう事ができるなら


まだ怒りを抑えて


農作業をやりますが、




お袋は


言わないと分からないのか?


普通、言わなくても分かるだろ?


お前、


それじゃあ将来に困るな!


私がいなくなったら農業やっていけないなぁ!


って喧嘩腰しに言ってくるお袋。



言わなきゃ分かるわけないだろ!


ちゃんと言え!って


いつも言ってるだろ??


とくに、


いつ何をやりたいのか


いつまでにやりたいのか?


言わなきゃ


こっちの予定が組めないだろ!



の繰り返しです。



私は


週末で、かつ何も予定が無い日にしか農作業ができない。


地域の草刈りやら


行事やら役回りも


世帯主の


私がやっています。



その上、


普通は…


常識は…


当たり前なことだから…


と、


お袋は言いますが、


お袋の 普通や 常識は


私には分からないし、



言わなくても普通なら分かるはずだ


って言うのは本当に


勘弁してほしい。


言わなきゃ分からないから!




農村地域で


二世帯住宅を建てて親と同居しているだけで、


農業も兼業でやるのが当たり前に近所にも見られるのかもしれませんが、


息子さんが独身で兼業農家をしていたり


専業農家を継いだり


毎日農作業しているご近所の農家と、


農業以外の業界の会社員共働き夫婦の我が家を比べられても困ります。



私は農業を


やめても構わないと思っていますし、


実際に農業収入では暮らしていけない。


ですが


お袋は、


農業を


やめたり


自家用野菜畑を


やめたら


やる事がないと思います。




お袋が自分で毎日食べる食事や


身の回り雑貨費用はお袋が自分のお金で買い物に行ったり


ご近所と出かけたり招いたり付き合いやらを日常の暮らしでやっていますが、



それ以外の住居費や光熱費やら燃料費やら車検や保険や区や自治会費用などは


全て子世帯で出しています。



それ以外にも、


一緒に生活している事で、


物置や倉庫や車庫の荷物の問題で


置いた、邪魔だ通れない、片付けてない、ゴミ出しのストックが整理されてないだの、


あーだ、こーだ



子世帯と


揉めるので、



文句を言われたことは全て


物を撤去しました。


物があるから揉めます。


問題の根を断つ!



孫がお袋をウザがって寄り付かなくなったのも


お前たち夫婦の教育が悪いからだ!


とか、


お前に他の家族が協力しないからだ


とか言うので、



お袋1人の場所と


他の子世帯の荷物が同じスペースに無いようにしました。



まだまだ


お袋に文句を言われない様に分けたい荷物やガラクタが残っているので


あと何週間かは


片付けの日々にしようと思っています。


暖かくなりましたからね。




朝から


お袋と大喧嘩の言い合いになったので、


私が


午前の買い物の予定も中止したので


母の日どころではありませんでした。



やっぱり、


絶対に


同居はダメです!



家族や親族だと


甘えが出ますし、



分離型二世帯住宅にしたのに、


都合の良い風に親世代が被害者みたいに


子世帯に向かって、


顔を出さない


とか


声をかけない


とか


文句を言います。



そもそも


別の家ですから!


中途半端は良くない。



気遣って


二世帯住宅にしたのに、


子世帯にストレスが溜まるなんて。



嫁姑問題もあるので、


私の妹たちがたまにやってきて


お袋と買い物に出かけたり、


外孫の方を可愛がったりしている。



二世帯住宅を新築して


親と


一緒に住むことは


やめた方が良かった!



後悔しています。








育てた

子ども、

育てた

部下や後輩たち。



活躍している姿を見ると

幸せに思います。

誇らしく思います。


私は

恵まれていると思います


何度も言います。

教えるのは誰でもできる

でも、

育てるのは

教える事とは違う。


育てるには

損得を抜きにした愛情が必要!


思っています。


育てるには

時間も手間もお金も

かかりますが、


家族や職場で、

育てるという時間を割いて

自分が自分以外の人の為に取り組んだ事が

目の前の形として

躍動したり、

誰かの役に立っていることは、


その時間とお金を費やしてこなかった人とは

違う人生を歩んできたことに

達成感を感じます。





自分も

まだまだ働けることに感謝して、

恵まれた状況だということに

幸せを感じながら

生きていきたいと思います。








木島平村


馬曲温泉下の


馬曲川です。





雪どけで


川の水量が多いです。



根曲がり竹の本格シーズンも


もうすぐです。




会社の人間関係が希薄になり、

リモートワークも増えている現代だと、

なかなか若い社員や従業員のセンスを育てることは出来ない。


私は

センスはスキルではないと思っています。


毎日は選択の機会ばかりですが、

とは言え

ルーチンワークやらスクリプトやらシナリオやら

が決まっている世の中では、


それほど

重要な意思決定って

少ないと思います。


例えば、

スマホのGoogleマップやYahooマップアプリをナビゲーションに使って移動する場合、

交通手段と目的地が一緒だったら、

推奨ルートの選択候補がいくつか提示された中で

どれか一つのルートを選択すればいい。

きっと

最短距離のものを選択する場合が多いだろうし、

あまり到達時間は変わらないし、


ナビアプリも、

どちらを選んでも大して影響無いとか変わらない選択も多い。


日常の買い物でも、

牛乳やバターを選ぶ時には

コスパを考えて毎回選ぶことが多いメーカーや品物って決まってくるし、

もし売り切れでも

別のメーカーの品物を買えば良いし、

味の違いは少しあっだとしても

どれを選んでも料理の完成には

あまり大きく影響しない。



でも、

そういう風な日常で

用意された

選択ではなくて、


稀に発生する

答えが分からない時の判断とか、

結果が想像できない様な未経験の

意思決定を行う際は、

センスが影響します。


意思決定の時の材料とも言える

判断基準は、

経験値が少ないと

形成されない。


経験したことがないことの意思決定に向けての判断をする時に、

過去の

基本的な類似経験を応用させて

発展的な思考に繋げて

判断するにしても、


経験そのものが極端に少なすぎると

材料のストックが出来ない。




机上論や

リモート面談や

動画学習ばかりを実施していても、

人は育てられない。


インプットも必要ですが、

アウトプットというか

それを実践させること!


行動して場数を踏んで

体験や経験を積むことでしか、

センスは磨かれないと思いますから。


新しい若手メンバーを預かって一ヶ月。

縁あって

預かった

怖がり性のZ世代たちを、


就職氷河期世代の

私が、

判断基準と意思決定力のセンスを身につけるヒントを

導いていきたいと思います。


ただし

私個人の経験や武勇伝や価値観を押し付けずに、


ヤル気を本人が出して

その本人が自分でやってみて

経験やコツを得ることの後押しをする気持ちで。





心が共にいない人と共に過ごしても、

心が離れていくばかり。


共に過ごし、

一緒に頑張ってやっていくことを選択した時があったはずですが、

違う角度から見たり

違う人の意見を聞いたりして

自分の物差しや見え方のセンスや範囲の間違いに気がつくと、

価値観が離れていくことを実感します。


そう思っても

長い目で見て

確かめ直していくことも

しますけれど。










未来の自分のために、

どうすることが良いのだろうか?

は、

あえて

あまり考え過ぎないようにして

目の前のことを一つずつ

やっていきたい。





時には遠くや先のことも見通して

方向の修正を

していきたいと思っています。




ゴールデンウィークも終わりましたね。


自分


ファイト!