私が自己探究をするなかで
やってることのひとつ。
観念ノート(*^^*)
自分の観念をおもいつくだけ書き出して
「変えたいな〜」というものは変えたい言葉に変えて書く。という感じ。
たとえば、
"花粉。"
私は花粉に悩まされています。
目カユイし鼻もズルズルするし。
毎年この季節は勘弁してくれ〜となります。
で、観念ノートには、
「花粉→私を苦しめる」
って書きました。
私の花粉に対する観念は、
苦しめるモノだからです。
この観念で、
これで日常過ごしていたら、
花粉のことを思い出すたんびに
イヤな気分になるわけですよ(;´д`)
そうすると
エネルギーの世界で言えば、
私から発してるエネルギー周波数も
その不快な周波数になっていて、
タイムラグを経て不快を体感する出来事が起こってしまう。
そんなのイヤです笑(ノД`ll)
というわけで、
変えたい観念にチェンジ!
ただ、注意があります。
コレ、自分が心底信じれそうなものでないと
意味がないんですね〜
観念なんで、観念の意味って、自分のなかで"疑わず思いこんでいる"モノだからなんです。
なのでまず私は観念ノートに
花粉に対する観念チェンジとして
花粉→悪気がなく飛んでいる
にしてみました。笑
もしこれを、
実際私がやってしまったことなんですが、
"花粉→全然影響がない"
にした場合、
魔法のように即座に全然影響なくなったらそりゃあ嬉しいですよね★
でも実際は、生活しているときやっぱり花粉は飛んでいて、影響もありました。
(症状としては、目カユくてレンズがズレる。など。)
だからイライラしてしまいます。
どんなふうにイライラするかと言うと、
"観念ノートに、「花粉→全然影響がない」って書いたのに影響うけまくってるじゃん!!"
…ってなりましたね。笑
コレは、どっちにしろ自分の発するエネルギー周波数が
不快な周波数。
「観念チェンジしたのに、全然変わらないじゃん」
とゆうふうに私は思ってしまったワケなんですね。
チェンジどころかチェンジしてみたことにまで不快になる事態です(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
でも、
そもそも、
観念チェンジをしてみた時点の私は
"花粉→全然影響がない"
って、書き記してみたものの、
心んなかでは「ほんとかよ、そりゃ影響ないと信じたいから信じるように頑張ってみるけどさ。」と、
信じきれてなかったんですね〜
これじゃそもそも観念の言葉の意味合いの、
「疑わず思いこんでいるもの」
では無かったわけです。
でも、
花粉→悪気がなく飛んでいるもの
なら、私は
「そうだよな」
と、思うことができたので、
観念チェンジで書き記す時点で、そのこと確認しながらあらためて書き直しをしました。
そうしたら、
たとえば、
観念のチェンジをする前は
"花粉→私を苦しめる"
だったので、
毎日、症状がでるたびにイラつき、
「花粉の薬を飲んでんのにあーまじやだサイアク。」
と、不快な気分になるばかり。
花粉に私は敵意むき出し、気分は、寝るか
誰かれ構わず八つ当たりするか、の事態。笑
でも、
花粉→悪気なく飛んでいるもの
にチェンジすると、
多少症状が薬を飲んでいても出ていても、それに対して「しかたないか」と、おもえるようになったんです。
「しかたないか」と、そのイラつく出来事にたいしていい意味で"あきらめがついた"という状態です。笑
でもですね!イヤな気分じゃなくて、
あきらめがつくと、不思議とあまり気にならなくなりました。(観念チェンジ前と比べるとね)
別に不快じゃないんです。
花粉も、"悪気があって飛んでる存在じゃない"
この観念に書き変えたら、
花粉の症状に対して、苦しめられてるとゆうより、こうなるのはしょうがない。とあきらめと不快な気分になることはなくなりました笑。
不思議ですが、
これは自分の花粉に対する観念が変わり、
花粉に対する捉え方が自分自身変わったからなんだろうな〜と思ってます。꒰*´∀`*꒱
それから、
観念ノートに、チェンジしたモノを書き記しても、すぐにそれが自分の新しい観念にはなりません。
長年自分が疑わず信じてきたモノが観念なんですから。
だから、その新しくした観念を
"自分が忘れない"ようにする努力は
必要ですね(^^)/
読んでいただきありがとうございました★
